平和・安全保障研究所の西原正・理事長

 ≪反保護主義宣言は困難≫

今月28、29日に大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議はこれまでのものとは異質なものになる可能性が大きい。2017年にドイツ・ハンブルクで行われた会議の首脳宣言では「保護主義と引き続き闘う」と明記されたが、昨年のアルゼンチン・ブエノスアイレスでの会議ではこの点で折り合わず、首脳宣言で反保護主義を明記することができなかった。昨年のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議も同様であった。

米中関税引き上げ競争が深刻になった現在、今年の大阪の会議では、これまで以上の保護主義をめぐる米国とEU、米国と中国の対立、それに加えて米国対中露の戦略的対立の激化の中で、首脳宣言で反保護主義を明記するのはさらに困難になりそうである。

G20の第1回会議が08年にあってから今年で14回目になるが、昨年の首脳宣言でそうした重要原則が明記できなかったのは、G20の活動原則が崩壊しだしたことを意味する。それまでは当初から加わっていた中国とロシアが、西側民主主義国による市場原理と自由貿易に比較的協調的であった。そのため活動原則はグローバルな合意のもとに機能していた。

しかしトランプ政権が17年1月に登場した頃には、G20は3つの大きな問題を抱えていた。いうまでもなく(1)経済的、軍事的覇権意欲を次第に強くする中国(2)「米国第一主義」を前面に出し中国との覇権競争に精力を傾注するトランプ政権、そして(3)米国に抗し「共闘」することを確認した中露の「枢軸」とも言える結束である。

このようなグローバルな地殻変動を見るとき、G20大阪での首脳宣言で経済活動の自由主義原則を謳(うた)うことはほとんど無理に近い。

現状の米露や米中の対立は、年々厳しくなっている。17年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」は、中露を西側自由主義体制とは異質の「修正主義国家」と決めつけている。この異質の大国である中国のリーダー、習近平党総書記が17年10月の第19回党大会で「中国が世界の舞台の中心に立つべき『新時代』を迎えた」と述べたことなどは、米国と真っ向からぶつかる国際政治観であった。

 ≪接近する中露の指導者≫

去る6月5日、習近平氏は近づくG20を念頭にモスクワを訪問し、プーチン大統領との首脳会談で米戦略に対して共闘することを確認し合った。双方とも西側から拒絶されているという共通の立場から、両指導者の関係は一層緊密になっている。両者は過去6年間に30回近く会ってきたとされており、習近平はプーチンを「最善の友人」と呼び、プーチンも「両国関係はこれまでにない密接なものになった」と述べた。

18年の両国の貿易は前年比25%の増加で過去最高の1080億ドル(11兆7千億円)に達した。ロシアの通信企業MTSが、中国の華為技術(ファーウェイ)の協力を得てロシア国内で5G通信網を開発することになったという。

また両国の軍部は、18年9月にシベリアと極東で行われた「ボストーク2018」、本年5月に青島で実施された「海上連合2019」など、大規模の合同軍事演習を定期的に行っている。ここに見るように、中露接近は一種の「枢軸」に達した感がある。来たるG20首脳会議では、中露は共同戦線を張って、トランプ政権の対中制覇戦略を非難し、「米国第一主義」を牽制(けんせい)するかもしれない。

 ≪安倍首相はG20の改革考えよ≫

この他にも、G20参加国の間には見解を異にする問題が多い。イラン核合意をめぐる米国と他の5カ国協定国、ベネズエラ内紛やミサイル防衛、中距離核をめぐる米国対中露、南シナ海の領土主権および航行の自由をめぐる日米英仏対中国、北朝鮮の非核化をめぐる日米対中露、先端技術制覇をめぐる米対中、巨大経済圏「一帯一路」建設を進める中国とそれへの批判など、いずれもG20参加国間の協調を弱めている。とくに米中間の先進技術覇権競争は中国に公正な商慣行がなければ、WTO(世界貿易機関)の根幹を揺るがすことになる。

限界にきているG20の機能を活性化するためには、大阪会議で強力な指導力が必要となる。幸い、安倍晋三首相は7回目の出席になる。その意味でG20の議長を務めるのは真に時宜にかなっている。

しかし安倍首相は会議の議長として、異なる意見を調整し、首脳宣言にまとめる過程で、中露などの批判を巧みに牽制する必要がある。同時にトランプ大統領の盟友として気候変動や貿易問題に関しては米国一国主義に偏らず、多国間協力への理解を示すよう説得すべきだ。多国間調整の道を探らないトランプ政権のやり方では、WTOを中心にこれまで築いてきた貿易体制を崩すことになる。

首相は首脳宣言でこれらを明記することが難しければ、むしろグローバルな地殻変動の起きている、混迷の政治経済体制に適した新しい多国間協調体制(WTO改革を含む)への方向性を示唆することに努めることが重要ではないだろうか。(にしはら まさし)産経新聞

中露の枢軸を牽制すべき。米中間の先進技術覇権競争は中国に公正な商慣行を求めWTOの根幹を死守すべきだ。トランプ大統領にも気候変動や貿易問題には一定の自制を求めるべきである。