↑祝詞の載っている冊子です。
こんかいは、のりとの中でもっともポピュラーと思われる
天津祝詞を紹介したいと思います。おそらく、各神社や
宮中でも使用されていると思われます。![]()
天津祝詞(あまつのりと)
高天原(たかあまはら)に元津御祖皇大神(もとつみおやすめおおかみ)『数多(あまた)の天使(かみがみ)を集へて永遠(とことは)に
神留まります。
神漏岐神漏美(かむろぎかむろみ)の御言以ちて(みこともちて)
神伊邪那岐尊(かむいざなぎのみこと)九天(つくし)の日向(ひむか)の立花(たちはな)の小戸(をど)の阿波岐ヶ原(あはぎがはら) に。
御禊(みそぎ)祓い玉ふ時に成り坐(ま)せる。
祓戸(はらいど)の大神等(おおかみたち)
諸々(もろもろ)の曲事罪穢れを。
祓ひ玉へ清め賜へと申す(まおす)事の由(よし)を
天津神 、国津神、八百万(やほよろづ)の神達共に
天(あめ)の斑駒(ふちこま)の耳振立て(みみふりたてて)聞食せと(きこしめせと)
恐み恐みも白す(まおす)。
以上です。この祝詞の意味は解りにくいのではないでしょうか?![]()
そこで長文になって申し訳ありませんが、この祝詞の解説を引用します。![]()
【大意】
宇宙天地万有一切の大修祓は、霊系の御祖神の御分担に属する。現在「地の世界」において執行されつつある国祖の神の大掃除大洗濯も、つまり宇宙全体としては伊邪那岐命の御(おん)仕事である。幾千万年来、山積した罪穢があるので、今度「地の世界」では非常な荒療治が必要であるが、これが済んだ暁には、刻々、小掃除、小洗濯を行えば宜しいので、大体においては嬉し嬉しの善一つの世の中に成るのである。すなわち伊邪那岐命の御禊祓は、何時(いつ)の世いかなる場合にも必要あるものである。これがなければ後の大立直し、大建設は到底出来ないわけである。
さてこの修祓は何によりて執行さるるかというに、外でもない宇宙根本の大原動力なる霊体二系の言霊である。天地の間(即ち阿波岐原)は至善至美、光明遍照、根本の五大言霊(ア、イ、ウ、エ、オ)が鳴り亘っているが、いざ罪穢が発生したとなると、言霊でそれを訂正除去してゆかねばならぬ。人は宇宙経綸の重大任務を帯たるものであるから、先頭第一に身魂を磨き、そして正しき言霊(ことたま)を駆使すれば、天地もこれに呼応し、宇宙の大修祓も決行される。その際にありて吾々五尺の肉体は、小伊邪那岐命の御活用となるのである。雨を呼べば土砂降りの大雨が降り、地震を呼べば振天動地の大地震が揺り始まる。これが即ち「御禊祓給う時に生り坐せる祓戸(はらいど)の大神たち」である。かくして一切の枉事罪穢は払い清めらるる事になるが、かかる際に活動すべき責務を帯たるは,八百万(やほよろづ)の天津神、国津神達で、これ以上晴れの舞台はない。なにとぞ確り御活動を願いますというのが、大要の意義である。
何人(なにびと)も朝夕(ちょうせき)これを奏上して、まづ一身一家の修祓を完全にし、そして一大事の場合には、天下を祓い清むるの覚悟がなくてはならぬのであります。
以上です。![]()
言霊を駆使して、気象をコントロールするなんて現代人の感覚ではすごすぎますが、神様は、人類がそこまでの権能を発揮できるようになるのを期待されているようですね。![]()
ちなみに平安時代の歌人である小野小町さんは言霊で雨を降らせたことがあるそうです。![]()
