8月の共同探索では、テーマの一つとして、お盆ということで「先祖訪問」を提案させていただきました。
ほとんど個人的なことになると思うので全然「共同」探索ではないのですが、それでもこんな思いつきの提案を実行してくださった方もいらっしゃいまして、ありがとうございました。
今回、僕は個人的に先祖訪問をしたいということもあり、提案させてもらったのですが、以前からご先祖のことに関心があったというわけではなく、響き渡るシベリア杉シリーズを読んでから興味を持つようになりました。
この本には、祖先や郷土を大事にすることについて度々出てきます。
その中でも一番心を動かされたのはアナスタシアのこの言葉でした。
『どうしてあなたは、自分の先祖がどのように生きて、何をしたかを知らないままでいられるの?彼らが何を願い、何を目指して奮闘したかを知らないままで平気なの?』
この一言で、僕は自分の先祖が何を思って生きていたのか?何を成したのか?ということについて興味が出てきました。
でも僕を含めほとんど人は、何を成したのかということは愚か、名前すらも知っていたとしても曾祖父くらいまでではないでしょうか。興味を持っていれば、祖父が曾祖父のことを、曾祖父がもっと前のことを知っているはずなので聞くことができるでしょう。
情報は無関心の前に消えていきます。
ともかく、僕はコンタクトの方法を知っているのでこれを上手く使わない手はありません。
さて、僕の体験を話す前に(と言っても寝落ちしてしまい、話すほどの内容は体験できなかった)、僕の知っている限りご先祖のことを書いてみたいと思います。ほんの少しですが。今回は父方のご先祖様についての内容です。
この家系は江戸時代から続いているらしく、お墓は墓石がたくさんあり、古いものはボロボロになって読みにくいですが、「天保五年(1834年)」と書いてあります。
そんな昔から代々守ってきた土地らしいのですが、祖父が苦労して守ってくれたにもかかわらず、父親は「自分には無理」と言って放棄しています。
祖父もだいぶ弱っているので、この先どうなるのだろうという思いです。
親がダメだと子どもがしっかりするもので、兄ならばしっかりやってくれるとは思うのですが。
曾祖父は僕が生まれた時には亡くなってましたが、名前は知っています。曾祖母の名前は実は知らなくて今回墓石で確認しました。
一番新しい曾祖父と曾祖母のお墓には薩摩の島津の家紋が掘られていますので、関係があったのかもしれません。
情報はこのくらいです。
非物質的に訪問をした日、墓参りに行きました。
ご先祖様の名前をなるべく知っておきたかったのですが、全面には戒名らしきものが書かれていて、横には小さい文字だし如何せん墓石が古くて読めなく、かろうじて一つ読めたのは、
「九兵衛夫妻」
という文字でした。
大正と書かれていたので、おそらくひいひいおじいちゃんのお墓でしょうか。
ひとまず、この名前を記憶して、お墓の掃除をして帰りました。
8/18 23:00~ 先祖訪問 音源使用なし
開始時から眠かったので、自信はなかったがやってみた。
リラックスをして、ご先祖様にフォーカスをする。特にだれかを意識したわけではない。
「今日は(墓参りに来てくれて)ありがとう」
「あなたは?」
「私は九兵衛」
「わしらに何を聞きたいんじゃ?」(いきなり一人称が変わる)
「あなたたちについて、何をしていたのか教えてください」
桶屋、つづいて紡績という単語が浮かぶ。
そして、奥さんと同時に亡くなるという印象がやってきた。
この辺りでおそらく寝落ちしてしまい、5時頃目が覚めて続きをやった。
「この家系を最初に大きくした人は誰なんですか」
「清さん」と浮かぶ。おにぎり好きそう。
「私にメッセージをください」
「強い心を持って生きなさい。出会えるもの全てに感謝することだ。君なら出来る。来てくれてありがとう」
「知覚を上げるには?」
「自分の道を外さないこと」
記録は以上です。
最後のほうは朦朧としていたので、あとで見返して「こんなこと書いたっけ」という感じでお粗末な内容になってしまいました。
メッセージをもらったのもあまり覚えていませんが、ありがたいお言葉として胸に秘めておきます。これからも思い立った時に訪問できればと思います。
墓参りにはなるべく行くようにしていますが、最近行けていませんでした。
今回は母親と祖母のお墓と、父方の曾祖父とご先祖様のお墓、両方お参りをして、掃除もちゃんとできました。
いつもはあまり何もしてあげられていなかったですが、今回はちゃんとしてあげられたかなと思っています。









