28・5・1

 イスタンブール、マドリードと争って二〇年のオリンピック会場は東京に決まった。それには、東京都は選手村から半径八キロ以内に主な競技場がある「コンパクト」五輪が売りになっていた。

 東京五輪・パラリンピック招致委員会(現在は解散)の計画では、都の恒久施設、組織委は假施設などを整備する制度設計であった費用が大幅に膨らむ見通りとなり、設計変更や既存施設の活用など方針転換を余儀なくされた。

 主競技場となる新国立競技場の建設費が予想を超えて豗大となることが問題となり、再入札が行なわれ決定したことはその一例である。

 一九六四年(昭和三九年)の前回の東京大会の時、丁度私は五輪の諸事業を所管する文部省(当時)の予算を担当する主計官としていろいろ問題を検討することが多かったが、今回のように競技設備の建設について大きくもめた記憶はなかった。

 ただ国立競技場の利用について、オリンピックの前後、利用する計画もないまゝに、いかにしてこれを利用するか、膨大な維持費を何とか消滅できないか、いささか苦労をしたことを覚えている。

 ただ、今回のように招致運動の際に各方面に提示した計画を主として経費の関係とは言え大幅に変更するのは、何だか皆を騙していたようで、甚だすっきりしないのは私だけではないと思う。

 新国立競技場の施設問題が一段落したと思ったら、今度は又假施設整備費が当初見積り七二三億円、今や三〇〇〇億円近くになるというので、組織委と都が協議中である、という。

 正直言って、もういい加減にして欲しい。いくら見直しが狂ったと言っても、四倍とはひどい過ぎるではないか。

 この上は、一日も早く、もっと真剣に検討して結論を見出して貰いたい。日本の信用を損なわないためにも必要であると思われないか。