大佛次郎が戦争末期の昭和十九年から二十年十月迄の「敗戦の様相を歴史作家の眼で正確無比に捉え」(帯の言葉)た日記をかなり時間をかけて読む。
横浜生れで鎌倉に住んでいた方だけに私もよく知っている地方や店の名が随所に出てくるので、それだけでも懐かしかった。南京町やオデオン座など私も学生時代から何度通ったことか。
いわゆる鎌倉文士との交流の深いのは当然のことながら、多方面の人との接触から敗戦当時の日本の世相、街の惨状など、その間北支から中支の戦線、また終戦間際は北朝鮮駐屯の軍に勤務して日本にはいなかった私にはよく知らない様子が克明に描かれていて、この戦争下の内地の惨状を改めて知ることができる思いであった。
もろもろの生活必需品の値段も知ることができた。こわいほどのインフレの進行状況もよくわかった。しかし好きであったとは言え、毎日いろいろな酒を飲んでいたのには感心した。
平静の眼をもって世相をながめてぶれない姿勢には感心した。
大佛次郎、本名野尻清彦の兄で野尻抱影は英文学者で私の出身校県立横浜第一中学校(神中)の先輩であり、本人には旧制一高、東大政治学科で私の先輩に当たっていた。
彼の名は少年倶楽部の「鞍馬天狗」以来よく知っていた。
歴史物の作家として戦後もたゆみなく著作を続けたが、「天皇の世紀」は未完のまま世を去った、
元海軍将校 守屋恭吾の数奇な生涯を描いた「帰郷」もいい小説であった。
大仏次郎敗戦日記

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横浜生れで鎌倉に住んでいた方だけに私もよく知っている地方や店の名が随所に出てくるので、それだけでも懐かしかった。南京町やオデオン座など私も学生時代から何度通ったことか。
いわゆる鎌倉文士との交流の深いのは当然のことながら、多方面の人との接触から敗戦当時の日本の世相、街の惨状など、その間北支から中支の戦線、また終戦間際は北朝鮮駐屯の軍に勤務して日本にはいなかった私にはよく知らない様子が克明に描かれていて、この戦争下の内地の惨状を改めて知ることができる思いであった。
もろもろの生活必需品の値段も知ることができた。こわいほどのインフレの進行状況もよくわかった。しかし好きであったとは言え、毎日いろいろな酒を飲んでいたのには感心した。
平静の眼をもって世相をながめてぶれない姿勢には感心した。
大佛次郎、本名野尻清彦の兄で野尻抱影は英文学者で私の出身校県立横浜第一中学校(神中)の先輩であり、本人には旧制一高、東大政治学科で私の先輩に当たっていた。
彼の名は少年倶楽部の「鞍馬天狗」以来よく知っていた。
歴史物の作家として戦後もたゆみなく著作を続けたが、「天皇の世紀」は未完のまま世を去った、
元海軍将校 守屋恭吾の数奇な生涯を描いた「帰郷」もいい小説であった。
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