26・2・2

 タクシー事業の規制を再び強めるタクシー減車法が一月二七日に施行された。

 タクシーについては二〇〇二年小泉政権下の〇二年改正道路運送法で新規参入など原則自由になったが、各社が台数をふやして価格競争が激しくなったので、〇九年施行の特措法で規制強化にカジを切り直し、国が示した運賃幅に個別に値上げするように促した。

 さらに、地域ごとの協議で各社まとまって減車計画を作ったとしても、独禁法の適用対象から除くとの規定が盛り込まれたのである。タクシーの台数が過剰な国指定の「特定地域」では、新規参入や増車を三年間禁じることになった。

 こうしてみると、簡単に言うと、新規参入の原則自由化から一転して地域ごとの減車計画の推進である。

 私は、かつて経済企画庁の官房長として、タクシー料金などの引上げにたずさわって以来、タクシー料金の在り方については関心をもっているが、さて元来タクシー料金などについてこのゆう形で官で規制にタッチすることがいいか、どうか疑問を持ち続けている。

 利用者の便宣、運転手など従業員の待遇など考虜すべき要素はいろいろあるが、私は、各社一本の料金(地域ごとに差を設けるのはいい)にするか、或いは戦前のように全く自由化するかのどっちかにしたらいいのではないか、と思っている。

 戦前、東京から横浜へ行くのに行きは五円ぐらいになったこともあるが、戻り車は二円か一円五〇銭ぐらいと安くなったことを覚えている。乗るごとに運転手とかけあって、料金を決めるのである。

 あの頃、お茶の水駅から大学へ行くのにタクシーをつかまえ、その辺にいる学生五人で乗り込んで三〇銭。わりかんで一人前六銭で、バス一区間十銭より安いといって㐂んだことも思い出す。