26・1・25

 半藤一利の「漱石先生がやって来た」という本の本人が「あとがき」で言う「吾輩は猫である」の贋作であるが、彼の他の漱石本よりはなかなか面白い。本人は遠慮して述べているが、まあ原作の零囲気も遺して、一言にして言えば「読める」文章となっている。

 漱石の文章に初めて接したのは中学校の教科書と言いたいが、実は、習字の本は山程集めていても、文芸書は殆んど置いていない父の本棚に菊池寛の全集と並んで漱石の全集があったのである。

 「猫」、「草枕」、「坊ちゃん」、「二百十日」、「三四郎」などから初めて全集全部を読んだ。

 漱石の足跡を忍んで、本郷周辺、西片町、松山(道後温泉など)、熊本(小天温泉など)、修善寺(菊屋)など歩いたこともある。漱石は熊本など五ヶ所ぐらいに下宿している。

 漱石の文章は、和漢洋の学に裏付けされていることを思わせるが、今読んでもそのまゝわかるところに特色がある。

 草枕は一週間で書き上げたという。かなりのスピードである。文章に苦渋の跡がない。溜っていたものが一擧にサーツと吐き出るような勢いがある。

 いつも、あんな文章をかけたらなァと思っている。