26・1・13

 半藤一利の著である。永井荷風の「濹東綺譚」は朝日新聞に昭和十二年四月十五日の夕刊から掲載された。当時、私は、旧制一高に入学したばかりであったが、毎号むさぶるように読んだ覚えがある。

 その頃、寮の部屋では女の話は禁句のような雰囲気であったので、荷風の小説も話題となったことはないような気がするが、戦時下での玉の井の話であって、何も知らない、学生になりたてのわれわれには、懐かしいが、来たことのない街に迷い込んだような感じであった。

 後年、京都下京の税務署長として管内の島原の廓の内を何回か歩く機会があったが、似たような色町の姿が展開されていたのだろうと思った。

 樋口一葉の「竹くらべ」「十三夜」「われから」「にごりえ」「大つごもり」なども何べんか読んで、吉原の昔のたたずまいを忍んでいたが、島原に大門を入れば見歸り柳なども枝えられていて、何か懐かしい思いがした。

 永井荷風というフランス歸りのダンディな作家が三田文学の柱の一人として名を売りながら、こういう濹東綺譚のような小説を発表するという行動の軌跡はやはりユニークなものだった、と見るべきであろう。