25・8・29

 水上勉さんの作である。

 若狭から集団就職で出かけた生徒たちのうち、わが子を含めて消息のよくわからない人達のところを最後の追指導(こういうことのあるのを初めて知った)をするため京、大阪、名古屋、東京と若狭の原発のエネルギーを使っている都会を歩く。という筋書きである。

 水上さんらしいしっとりした文章で、あの人の吐息を感じさせるようである。

 信州の田舎で自分もおさまる骨壺を焼いていた彼の姿を思い起こす。眼鏡や万年筆まで生きていた頃のように机の上においてあったが、今はどうなっているのか、なと思う。