25・8・3

 ゆとり教育だなどおかしいな、と思っている。子供のうちは脳も柔かい。砂に水が滲みこむこむように、知識は吸収される。この時期に基礎ができる。どんどん詰め込んだらいいし、又、そうすべきではないか。

 子供の意思を尊重してなど言ったって、子供は大人みたいに判断する能力は持っていない。知識を詰めこまれ、世間に揉れている間に成長して行く。

 それを何にでも甲乙の差をつけたらいけないとかつての護艦船団法式で八ノットぐらいの鈍足の船に合わせるような授業の進め方で、極力成績の差がでないようにして、徒競走の場合は手を繋ぎ合ってゴールに入るようにして、いうなればこれでは決して教育の成果は挙らないし、外国に比べればぐんと立ち遅れて了う。

 学校はエリート教育と言われてもいい、学校の科目が出来なくたって、長ずる及び、自分の得意とする道で、運動でも、絵画でも、歌でもいい、それぞれの能力を生かして進んだ人は山程いる。学校の成績などが凡てでないことは明かである。

 学校の教師たる者は、学校、生徒が何に向いてるか、何をしたらその子の能力を引き出せるのか、真剣に検討するべきだと思う。教育とはエルチーインク(引き出す)のドイツ語の意味だと昔からいわれていることを想起すべきだある。