25・6・2

 暇さえあれば何か本を拡げる癖がついているが、その時、よくツアラレンダーの歌をCDで聴いている。

 この戦前映画で知られたスェーデンの女優である。

昭和17年夏、半年繰上げ大学卒業、軍隊入りの決まった私は、受けた海軍主計将校の短期現役の受験を眼のせいで不合格となり、築地の試験場からとぼとぼ歩いて銀座に向っていた。

 高文の試験を合格していたので、ほぼ間違いなく合格と思っていただけに、不合格ともなれば初年兵として陸軍に入隊しなければならない、その予想される苦役を思って暗澹たる気分に落ち込んでいた。

 白十字の店に入って、何となく選んで気に入ったのが、このツアラレアンダーの歌であった。「HEIMAT」(故郷)しみじみとしたアルトの歌声がたまらない程優しく私を包んでくれるような気がした。

 戦災で何もかも焼けた家の中には無論そのレコードも残っていなかったが、数年前にCDで買い求めた。

 その歌に何か私の青春がまとわっているような気がしてならない。ツアラレアンダーの歌はドイツ語である。戦後、ソ連に抑留された私は長らくドイツの将校と一緒に暮していた。今でも毎日顔を合わせて冗談を言い合って、ダモイ(帰国)を待っていた彼等の顔を思い浮べている。

 展望のない日々の生活ではあったが、何よりもそこには20代の青春があった。苦しくても何となく明日の光を見ていた。

 もう70年も昔の話である。銀座も様変りしている。