25・2・18
徹頭徹尾川端康成の讃歌である。著者は川端の身近にいた沢野久雄である。人に会っても何十分も一言も口をさかない、といって格別に不愉快に思っているわけではない。ただ相手はその場の空気に耐えられずして辞する、ということを私の一高の仲間が川端邸を訪ねた時の印象として語っていたのを思い出す、氏は一高の文芸部の先輩であった。
一高の文芸部は年に四回校友会雑誌を発行していた。茶川、菊池など本当に優れた先輩を輩出した校友会雑誌に私も二,三遍の短遍を載せている。今読めば汗顔の至りの拙作であるが、当時の自分としては精一杯の努力をしたつもりであった。
沢野氏も書いているが、四谷の福田家が氏の東京における定宿であって、そこに働いていた川端氏担当のおゆきさんが銀座にバアをひらいた夜、われわれも押しかけてお祝いに行ったが、その店の片隅に川端先輩は珍しくにこやかにジュースか何かを飲んでいた。先輩々々と無遠慮に話しかけるわれわれに対して、一言もしゃべらなかったのが、いつの間にか姿を消していた。
その時も和服であったようである。
川端の作品を読み盡して、私はとくに浅草物を言われる作品が好きである。とくに化粧と口笛は十ペンは読んだろうか。伊豆の踊子、駒子の跡をたずねて度々旅行をしたのは川端愛好者の一人として珍しいことではないだろうが、やはり、とにかく得がたい作家である。