松本清張の長編推理小説である。

考古学専攻の大学助教授江村宗三は、十四年ぶりにかつての(あによめ)・西田美奈子と再会した。彼女は、四国松山の洋品店伊予屋の店主で、二十才も年上の男と再婚していた。その夜、宗三は空閨をかこつ美奈子の熱い身体に圧倒された。嘗て美奈子の夫・宗三の長兄・寿夫がもとキャバレーのホステスと駆け落ちした先の新潟に、美奈子の父に頼まれて宗三が同行した戻り、寿夫と決別した美奈子と水上温泉で結ばれるという、過去が甦って来た。

三ヶ月に一度の割で会っていた二人だが、岡山で会って、尾道で泊り、別れ難く有馬温泉に泊った。松山に戻ったら、すぐにでも亭主に一切を言って別れ、上京するという美奈子に、それでは学者としての光栄ある前途も家庭もすべて崩壊して了うと思い込んだ宗三は有馬から空港への途中、蓬莱峡で高所恐怖症の美奈子を突き堕として了う。

美奈子の失踪は地元松山の新聞などに掲載され、又一年後に白骨死体も確認されたが、警察の捜査も一切手がかり難で歳月が経過した。

その後、兵庫県の岩倉山地帯での古墳調査に教授の指示で出かけた江村が考古学的に極めて価値のあるガラス釧を発見したが、その現物が蓬莱山附近であったことから、隠していたが、巧妙心が抑えきれず、学会の同僚に小道具屋から買ったものだ、などいい訳をして秘かに見せたことなども手掛かりとなって、ついに宗三の殺人事件の捜査の網が急速に絞られていく。

清張らしい考古学の学識も交えながらの細緻な犯罪追求のプロセスについての叙述は流石と思わせるものがあった。

松本清張は鳥取県日南町の出身といわれ、その縁もあってか、かつて何回か酒席をともにしたことがあった。「点と線」、「ゼロの焦点」、「波の塔」、「砂の器」、「眼の壁」、「蒼い描点」など他の作家と異なる重量感のある作品に觸れ、本を読む醍醐味を味わっていたが、この一冊も清張らしい佳作である。



内海の輪 (角川文庫)/松本 清張
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