24.6.25
昭和20年8月15日終戦の直前、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、満州、北朝鮮、樺太及び千島に侵入したソ連軍は中央からの指示で殆んど抵抗らしい抵抗もしなかった日本軍を尻目にかけ、暴虐の限りを盡した。あまつさえ終戦後に60万人の将兵をポツダム宣言に違反してシベリアに送り、酷寒と劣悪な食事のもとに6万人も死なせるという行為に出たことは、決して忘れてはならない。後世に長く語り継ぐべき歴史的事実であると思う。
この小説は、樺太で北緯50度の国境を越えて侵入したソ連軍に置き去りにされた民間人にどんな無法な行動に出たか、それにまつわる悲劇をドキュメントとして確かな筆致を持って描いたものである。
防空壕の外に迫るソ連兵に感付かれてはと泣き叫ぶ赤子の首を絞め殺した男・関口耕平を必ずいつかは殺してやると固く心に誓った母親・髙木俊子が辛苦30数年の後にはしなくも見つけた男を出刃包丁で一刺しして即死させる。
一度は、そのまま北溟の海に身を投じようと思った俊子であるが、まてよ、このままただ殺人者の汚名を着せられたまま死ぬのは、まことに不本意である。何故、あの男・関口耕平を殺したか、を死ぬ前に世に明らかにしようと決心し、事情を知る伯父・冨三郎とともに稚内に行き公衆電話に立て籠って北海ラジオ公開番組・テレフォン・ジャングルに生放送を開始する。
思いがけない放送の特大ネタを貰った北海ラジオのパーソナリティー横山が軍艦マーチで怒号する右翼団体の宣伝カーやら何やら公衆電話ボックスを取り巻く大群衆の声の中で放送を続けること数時間。ついにしびれを切らして突入して来た反共忠勇隊の4人を38銃と手榴弾で殺した冨三郎は俊子と船に乗る。ただ、ひたすら樺太に向けて走る船は海の上で爆破するが、二人は「故国」を捨てて「故郷」に帰ったのである。
松山善三の本は殆んど読んだことがなかったが、この本は身につまされつつ一気に読んだ。久しぶりに魂をゆすられるような感動を受けた。
読後の感想はこれで終わるが、作者の夫人は女優・高峰秀子であり、彼女もあっけらかんとずばり物を言う作家としても有名であり、二人の共著もある。
ずっと前、松山夫妻と私と家内の四人で食事をした時に、話の中で、松山が私と同じ横浜の根岸小学校の丁度一回り下の卒業であることがわかって大変親しみを覚えた。先日、去年亡くなった夫人秀子を偲ぶ会が東宝撮影所で開かれた際、松山の妻を送る詞を聞いた。久しぶりに会う彼の姿は思いなしか、いたいたしかった。往時茫々である。
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