23・10・15
文庫本で上下700頁を超す自叙伝である。
5才から役者となり、小学校さえろくに行っていない彼女の物したこの本は、どうしてまことに立派と言わざるをえない。
年に10本以上の、総じて300本以上の映画に出演し、文字通り学校へ通う暇もない撮影所通いの間に独学でもって覚えた学問の精華は見事に活字となっている。
梅原龍三郎、谷崎潤一郎など本物の優れた人物に一方ならず可愛がられた彼女は物の、人の本質をズバリと、そして時に冷たい程澄んだ眼でみて、不覊奔放のペンを縦樺無尽に走らせている。恐れ入った。
かって大分以前、彼女が家を小さく立て直したといった頃、彼女、松山善三、私と家内の4人で食事をしたことがある。善三氏は初対面であったが話してみると、横浜出身で、小学校も私の六年後輩ということがわかって、お互いに世間の狭いのに驚くと同時に大へん懐かしく話が彈んだことを思い出す。
家を狭くしたので、映画で貰ったトロフィーやら何やらをみんな棄てて仕舞ったと言う、今は俳優を止めて、毎日朝松山のために鉛筆を五本綺麗に削って揃べるのが仕事だといって笑っていたことが耳に残っている。
そう言えば、私どもの結婚披露宴にも出席してくれた彼女から祝辞を貰ったが、「葉子さんがあんなに歯ぐきまで出して笑うなんて見たこともない」といった一言を覚えている。
とにかく、本当に立派な女優さんであった。