23・10・10

 戦前観た溝口健二監督の名作「残菊物語」をDVDで観る。

 歌舞伎界の大御所菊五郎を父に持つ菊之助は取り捲きにチヤホヤされながら梨園で暮して大根という蔭の声が耳に入るにつけて悩んでいたが、菊之助のことを思い、率直な忠告をする女中お徳の心からの支援に打たれて愕然として芸道に精進し愛を誓うが、両親の強い反対に会ってお徳は身に隠す。

 ようやくお徳を探し当てた菊之助がお徳と結婚することを披露して、両親の強い反対に遭い、勘当同様の目に遭って部落ちし、大阪で芸を磨く努力をするが、旅回り同様の苦しい芝居から身を立てることの困難さから流石の菊之助も前途に光明を衷かけていた。そこへ徳子は身を引く決心を披露して菊五郎一座同に約束した大阪で立った舞台が大成功、菊之助は東京に戻り、親の勘当も消けて、いよいよ大阪へ舟乗り込みとなった。

 暖かい身内の言葉に馴染深い大阪からの舟乗り込みの先頭の舟に立った菊之助で手を拡げての挨拶に両岸から嵐のような拍手が聞えたが、その声を聞きつつ、やっと両親に許されて晴れて妻となったお徳は既に臨終の床の中で、菊之助の晴れの舟乗り込みの鳴物の音を耳にしつつ息を引きとるという純情物語で新派らしい筋書であった。大いに昔のことを思い出して堪能した。

 この映画を東京の何処かの小屋で見た時に一列前に森津子、森赫子の親子が熱心に観ていたことを印象深く覚えている。あれは私が大学へ入った頃であろう。私の友で大へん芝居が好きな同級生に誘われてこの映画を観た時のお徳の純情さに涙した昔を思い出しつつ、幕切れに不甲斐なくも涙を禁じえなかった。