23・10・5
10月1日付の朝日の記事の一つの見出しである。かつて日本で愛された日本の乗り物たちがフィリッピンで第二の人生を過して、港、海、空で未だ現役だという話である。
そう言えば、日本の港から船で輸出された中古車がシベリアでも活躍しているのを見たし、その車のかなりの部分が又中国東北部にも売られていると言う話を聞いた。
日本人は車に一寸傷がついても神経質なくらい気にして直すが、外国では割と平気だ。
50年も昔初めて米国へ出張した際、日曜とあって暇になったのでシカゴで大リーグを観戦したが、駐車場にビッシリと詰った何千台の車がどうしてうまく出られるのかと見ていたら、バンパーで前に突き、後に突きして間を拡げて出るのを見て驚いたが、現地の人から何のためにバンパーがついているのか。あゝいうことをするためについているのだと説明されて、成程と思った。
車は下駄みたいに思っているらしい、少し傷があっても何かあってもエンジンがチャンと動けばいいと思っているらしかった。
ここ1年で行った北京、ヴェトナム、モスクワなど至るところでそのような感じがした。
だから、きれいな日本の中古車は喜んで買われているのだろう。
私は地元の境港にもウラジオストックから貨物船が何百人の人を乗せてやってきて、一台2、3万円で中古車を買って、甲板に山のように積み上げて出て行くのをよく見たが、この頃はそういう現象は少ないらしい。その頃はその人達の上陸をめぐって入管とよくゴタゴタを起こしていた。
まあ、使えるものは使ってくれたら資源の節約にもなるので結構なことではないか。