23・9・21
水上勉さんの表題の小説(上下)を読んだ。舞台は若狹で、彼の得意なものである、今まで何冊もこの種のものを読んだが、これは特に彼の人物像の写実的な描写が素晴らしくて改めて明治の終り、大正の始め頃の世の中の姿を見つめさせて貰った。シベリア出兵などというもう知る人も殆んどないような事件も想起させくれた。
借金を残しても宮大工としての一世一代の作品を遺したいと精進する大工角治、その妻として変らぬ愛情をもって二児を生み育て、盲目の母に盡す愛を中心とする物語は心をゆさぶるものがあった。
彼は私と同年の生れ、東京の家も直ぐ近く、銀座のクラブで知り合ってからの長い付き合いで、時には彼の家で真夜中まで酒を飲みかわすこともあった。彼が山荘を軽井沢から御代田町に移して筆をとる傍ら陶芸に打ち込み、骨壺を焼いていると聞いていたが、平成16年彼が亡くなったと聞いて数日後訪れた彼の家に遺されたいくつかの骨壺や、生前のまゝの書粛を見た時は知友を亡くした悲しさを禁じえなかった。