23・5・29
森田誠吾の表題の本を読んでいる。大分以前に買ったがツンドクの本の一つである。
井の中の蛙と言われたが江戸300年の歴史は鎖国の太平の世であった。その頃のことは何かと以前から興味を持っていた。
この本は南総八犬伝と言う長編を著わした滝沢馬琴及びその長男の嫁などが毎日毎日克明に記した日記に現れる江戸市民の生活の実態を示していて、なかなか興味深いものである。流石は時代が経っていると読み難い文章の日記などをつい引きずられて読み進んで了った。
滝沢の家は普通の庶民よりはやゝ上の生活ながら、馬琴亡き後は結構本やら衣類やらの売り食いの暮らしであったことがわかるし、とくに驚いたのは、徳川宗家直参御家人の株が何百両という、思いもよらぬ高価で取り引きされていたことである。それだけの金を払ってまでして手に入れた御家人の株に投資的にはどれだけの利益があるかと見れば、切米、扶持米と合わせても馬琴の息子の例の場合、俸禄は30俵3人扶持で年に30俵の切米と日に3人口の扶持米を受けるのだが、30俵の切米料として蔵前(札差)から渡されるのが11両2分と700文、扶持米は1人1日5合、3人口として月々4斗5升を受けとるに過ぎない。
なを、馬琴の場合一手に入れたのは御家人株のうち御持筒同心であって、150両以上を費している。
このような地位の売買が公然と行われていたことは、やはり士農工商の身分格差の厳しい世の中で、痩せても枯れても士の格は矢張りそれなりに社会的な影響を持っていたものと思われるせいであると考えられる。
ともあれ、なかなか興味ある本である。
(新潮社報)