今から55年も昔のことである。札幌へ出張した時に北海道庁の人がおいしいラーメン屋があると案内してくれた。ススキノの外れ葦簀張りのようなラーメンを売る小店が十軒ほど並んでいた。確かにおいしいと思って、東京に帰ると多少は吹聴したと覚えている。それがまたたく間に札幌ラーメンとして有名になっていった。
それから4、5年して鹿児島に出張した時、鹿児島にもおいしいラーメン屋があると県庁の人に案内された。すると、間もなく鹿児島ラーメンの名が売り出されるようになった。
日本の北と南の端でうまいラーメンがある、というのはちょっと面白い現象であるが、何もそこだけがうまいというわけではないことは、それからあっちでもこっちでも御当地ラーメンが出来上がって来ているのでもわかる。要は広告の世の中で、初めは口こみで拡がり、軈てマスコミが採り上げるようになる。人の口は恐ろしい。うまいという噂よりもまずいという噂の方は遥かん早く傳わる。悪事千里を走る、いわれるが、ことラーメンは別なのだろうか。