あれは竹中平蔵氏が金融担当相として銀行の不良債券を2年間で半減せよと金融再生プログラムで指示している頃であった。
私は、自由民主党のデフレ対策特命委員長として麻生政調会長と共に彼にプログラムの見直しを迫ったが、彼は譲らず、2人で夜中まで話し合った結果、このプログラムは適用は主要行に限るので、様子を見てほしいということで一応折れ合った。
私が反対した理由は、不良債券の整理の強制が、担保の処分を急がせたりして、地価の低下など招き、結局さらに不良債券を多発させる懸念が大きかったからである。
不良債券の整理を急がされた企業は、担保不足となって、債権のランクを下げられ、健全な経営をしているにも拘わらず運転資金も貸しつけられず、倒産の憂き木目に遭った事例を多く耳にしている。
その竹中氏の背後に強力なブレーンとして日本振興銀行の木村前会長がおったことは余りにも有名である。今回の不祥事の内容はよく承知していないが、金融のプロと言われた人だけに残念でならない。