二〇一六年のオリンピックに立候補した東京都がコンパクトな会場配置、環境五輪を売り物にし、鳩山首相に無理してまでIOCの総会の開かれるコペンハーゲンまで出かけて貰ったが、シカゴには勝ったものの、あえなく二位以内には入れず、落選となった。

 リオデジャネイロは、何よりも南米で初めて、というわかり易い、又同情を引く訴えが、IOC委員に強くアピールしたのではないかと思う。

 二〇〇八年の北京の大会に近かったこと、住民の支持率が他の三都市よりも低かったことなどが敗因と見られているが、南米で初めているリオのスローガンが効いたようだ。それにしても東京都参与の私としても至極残念。この上は、都に二〇二〇年を目指して再び頑張って貰いたい。