何となく久保田さんのことを思い出している。もう三十年も前の今頃、何かの御縁で久保田さんに吉原の松葉屋で御馳走になった。酒も進んでの会話。

久保田さんは、今女子大で国文学を教えているが、教科書は泉鏡花の「歌行燈」と樋口一葉の「竹くらべ」だと言う。

 私が、「月は格子にあるものを、桑名の妓達は宵寝と見える」という歌行燈の一節を覚   えていたので、言葉にすると、先生、大へん喜ばれて、それそれとを言い、私の持参した先生の著書にサラサラと即席の句二、三を書いてくれた。さて、今、その本は手元に見つからないが、何と言っても、小説もさることながら、俳句のうまい人だった。

 そう言えば、新派も久しく歌行燈を上演していないのではないか。


(2009.5.21)