母はその後、
自分の病室へ戻っていった。

私たちは、
悲しんでいる間もなく、
やらなければならないことに追われていた。

葬儀社に連絡を入れ、
仕事関係の人に連絡をし、
親戚にも父が亡くなったことを伝えた。

ほかにも、
いろいろなことをしていたと思う。

正直、
あまりにもバタバタしていて、
この時のことはよく覚えていない。

そして、
父を実家へ連れて帰るため、
葬儀社と連絡を取った。

父と母は以前から、
葬儀のための互助会に入っていた。

私たちが介護を始めた頃にも、
父は何度か、

「葬式のお金は、もう積み立ててあるから。」

と話していた。

私は、
父から聞いていた葬儀社へ連絡を入れた。

それから一時間ほどすると、
父を迎えに来てくださった。

父を乗せた車を見送り、
私たちもそれぞれ、
実家へ向かうことになった。

妹が先に実家へ着き、
葬儀社の方に父を家の中まで運んでもらった。

布団を敷き、
父をそこに寝かせた。

そして妹は、
まず父が好きだった焼酎の水割りを作ったという。

それを、
父の口元につけてあげたロックグラス

入院してから、
父は何も飲むことができなかった。

その話を聞いて、
涙が止まらなかったえーん

病院にいた頃、
父は何度も家に帰りたがっていた。

そして私に、


「帰り、乗せていってくれないか?」

そう言ったこともあった。

あの時は、
連れて帰ってあげることができなかったえーん

そして今、
ようやく父は、
自分の家に帰ってきた。

私は少し遅れて、
子どもたちと実家へ向かった。

途中、コンビニに寄った。

父が好きだったビール生ビール

おいなりさんに、漬物。

思い浮かんだものは、
どれも特別なものではなかった。

母がいつも買ってきて、
父がよく食べていたものだった。

父が好きだったものをいくつか買って、
実家へ向かった。

家に着くと、
妹も子どもたちと来ていた。

ようやく孫たちも全員そろい、
みんなで父のそばに集まった。

父のそばには、
ビールとおいなりさん、漬物生ビール

そして、
最後までやめられなかったタバコも置いたタバコ

父の引き出しには、
タバコがまだ何箱も残っていた。

認知症になってからも母は、
父のタバコだけは切らさないように、
気にして買っていたようだった。



もう、
我慢しなくていいよおねがい


好きなものを食べて、
好きなだけ飲んで。

タバコだって、
もう好きなだけ吸っていいよ。

そんな気持ちで、
みんなで父の顔を見ながら涙を流したタラー

やっと帰ってこられたね、お父さん。

 

読んでくださって、ありがとうございました🍀