🌙月がゆっくりと昇るように、
家族の変化もまた、気づかぬうちに始まっていました。

2024年の10月のある日。
父から電話がかかってきた。

80歳になったばかりの父の声は、
どこか落ち着かず、沈んでいた。

「最近、お母さんがおかしいんだよ」

母は、その少し前に81歳になったばかりだった。

「小さい子どもがね、
いつも遊びに来るって言うんだよ。
実際は来てないのにさ」

「夜になると急に、
“買い物に行かなきゃ”って言い出したりして……
なんか、おかしいんだよ」

確かに、おかしい。
そう思った。

でもその頃の私は、
正直に言って、心にも時間にも余裕がなかった。

私は50代後半に差し掛かり、
これからの働き方を考え始めていた。

「資格があれば強いよ」
そう言われて、ようやく介護初任者研修に
通い始めたばかり。

そんなタイミングで、
あの電話がきた。

仕事は家事代行。
一般のご家庭に伺い、掃除や片づけをする仕事だ。

年末が近づくにつれて、
予約はぎゅうっと埋まっていく。
まさに、これから繁忙期に入る時期だった。

「これから仕事が忙しくて……
休みの日は学校もあって」

「本当に悪いけど、
年明けまで待ってもらえるかな」

それが、精一杯だった。

実家までは車で片道50分ほど。
仕事帰りに、
「ちょっと寄る」という距離ではない。

両親は、これまで二人で
なんとか暮らしてきた。
だから、もう少しなら大丈夫だろう。
どこかで、そう思っていた。

母は昔から陽気で、おしゃべり好きだった。
聞き間違いをしては、
自分でもおかしそうに笑う人。

ここ数年、
その聞き間違いが増えた気はしていたけれど、
私は深く気に留めていなかった。

でも、父との電話を切ったあと。
胸の奥が、ふとざわついた。

あれは、
本当に笑い話だったのだろうか。

覚えられなかったことを、
母なりに、笑いに変えていただけ
なのかもしれない。

電話のあの日。
私の中に、小さな不安が芽を出した。

まさか、その日が
両親の介護のはじまりになるなんて——

そのときの私は、
まだ知らなかった。

※この出来事を、私は

両親はまだ大丈夫だと思おうとしていました。