令和8年7月1日 記

    お山のシーズン❗

今年から 須走口 も

 今日この日に 

決まったようです 

(以前は

7月10日でした)


半世紀余り前の写真です

私は半世紀余り前 

須走口 8合目 

 山小屋 で 学生の

4年間 

夕方4時過ぎには
点灯させる為
発電機 始動
年期が入っていたので
てこずりました

嵐が過ぎた後
登山道の整備
若かったといっても
高地での土木作業に
息が切れました

小屋からウサギ道を
通って  30cm程掘り
根雪を 
飲料水冷やす為に

当時はオロナミンCが
爆売れでした
あえて
販促様に 空ビン
並べていました

富士のウサギ道は
20cm満たない幅です
左は急斜面
慣れる迄
平衡感覚を維持するのに
大変でした
踏み外して滑って転がったら
木等何もない
はげ山なので
危ない❗危ない‼️

社会人で3度 

バイト生活

していたので


今日この日は 

その後毎年 

焼き付けされ た

記憶が 脳裏に

映し出されます 


石原裕次郎 制作の 
「富士山頂」の
映画に出てくる 
ブルに重なります
映画では
   勝新太郎が
操縦してました 
ちなみに 
ヘリのパイロットは
 渡哲也でした


当時の小屋は
岩室です
雲海の姿も
日々変化するので
楽しみのひとつ

目の前の赤富士
本当に赤いです

7月5日には
雪が降りました

御来光の前の空に
浮かぶ雲 いつも
感動しました


プライベートでは 

3度程てっぺんに 


昔は 多少 フレキに

対応できたので 

宿泊された 

登山客の案内を

兼ねて 一緒に

 富士山測候所の 

内部見学をしたり 


それなりに 

思い出が

刻まれきました 


2000年 

「ミレニアム 登山」

という 一つのイベントのような時も 

40日程バイト生活 

この時 思ったのは 

客層の変化 

チャイナ コリア 含め 東南アジア (例えば インドネシア) の方が 

又 米国の 海兵隊も含め グループ等の 欧米の登山客が 多くなったなぁ~と 


その中でも 

強烈に 今でも

 忘れられない 経験は 

雨中 に 8合目まで

登って きた 

英国人の 3人家族 

小学生4・ 5年 位から

 思う女の子 が 

山小屋の中の

囲炉裏に 車座に

なっているところを 

正面で 見とれて

いました 

疲れ果てた様子にも 

気品があり

 プリンセス・ダイアナのような

笑みを浮かべてる 様は

 日本語の

比喩で言う 

「掃き溜めに鶴」 

でした 

山小屋では 

水が貴重なため 

お風呂などなく 

まるで 雲助でしたので 

又他の 登山客も 

ずぶ濡れ状態の中に 

ブロンズの髪が 

1人 

フローラルを

漂わせていました 


そしてもう一人 

フランスの 

20歳前後の女性 

この日の山の夜は 

満天の星

 8合目からの 

星は大きく 

夜空を見上げながら

 母国では 

ミルキーウェイ 

そして 

北斗七星を 

アイスペールと

数年前の画像です。

いうことを教えてもらいました 

防寒用の 

白のアウターを

羽織ってた姿が 

「天女」に

重なりました 

当時 50歳を迎える 

私には 

「冥途」の土産 

かなと思いました 

下界では 

味わえない 

本当に 美しいものを

見ると 

声が上ずり 

言葉が飛んでしまった

経験でした 


上の写真と比べ
斜面がほんの少し
なだらかに
山がダイエット❓️
雨・風・雪解け で
削られて、か⁉️

2013年 6月22日 

世界遺産に

登録された年は 



W氏が作られた
    記念ロゴ


10日あまりで 

体力の限界で 

山を降りました


記憶に残像して

いるうちに

サイド

富士のお山

投稿したいです。