令和8年7月1日 記
お山のシーズン❗
今年から 須走口 も
今日この日に
決まったようです
(以前は
7月10日でした)

私は半世紀余り前
須走口 8合目
山小屋 で 学生の
4年間


社会人で3度
バイト生活
していたので
今日この日は
その後毎年
焼き付けされ た
記憶が 脳裏に
映し出されます


プライベートでは
3度程てっぺんに
昔は 多少 フレキに
対応できたので
宿泊された
登山客の案内を
兼ねて 一緒に
富士山測候所の
内部見学をしたり

思い出が
刻まれきました
2000年
「ミレニアム 登山」
という 一つのイベントのような時も
この時 思ったのは
客層の変化
チャイナ コリア 含め 東南アジア (例えば インドネシア) の方が
又 米国の 海兵隊も含め グループ等の 欧米の登山客が 多くなったなぁ~と
その中でも
強烈に 今でも
忘れられない 経験は
雨中 に 8合目まで
登って きた
英国人の 3人家族
小学生4・ 5年 位から
思う女の子 が
山小屋の中の
囲炉裏に 車座に
なっているところを
正面で 見とれて
いました
疲れ果てた様子にも
気品があり
プリンセス・ダイアナのような
笑みを浮かべてる 様は
日本語の
比喩で言う
「掃き溜めに鶴」
でした
山小屋では
水が貴重なため
お風呂などなく
まるで 雲助でしたので
又他の 登山客も
ずぶ濡れ状態の中に
ブロンズの髪が
1人
フローラルを
漂わせていました
そしてもう一人
フランスの
20歳前後の女性
この日の山の夜は
満天の星
8合目からの
星は大きく
夜空を見上げながら
母国では
ミルキーウェイ
そして
北斗七星を
アイスペールと

いうことを教えてもらいました
防寒用の
白のアウターを
羽織ってた姿が
「天女」に
重なりました
当時 50歳を迎える
私には
「冥途」の土産
かなと思いました
下界では
味わえない
本当に 美しいものを
見ると
声が上ずり
言葉が飛んでしまった
経験でした

2013年 6月22日
世界遺産に
登録された年は


10日あまりで
体力の限界で
山を降りました
記憶に残像して
いるうちに
サイド
富士のお山
投稿したいです。






