{488258DE-4376-4B1D-A2F8-0B0F7D738C19:01}



そんなにもあなたは
レモンを待っていた
かなしく白く
あかるい死の床で

わたしの手からとった
一つのレモンを
あなたのきれいな
歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなる
レモンの汁は
ぱっとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼が
かすかに笑う・・・
わたしの手を握る
あなたの力の健康さよ


あなたの咽喉に嵐はあるが
こういう命の瀬戸ぎわに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時
昔山巓(さんてん)でしたような
深呼吸を一つして
あなたの気管はそれなり止まった


写真の前に挿した
桜の花かげに
すずしく光る
レモンを今日も置かう




高村光太郎
レモン哀歌