松任谷由実さんインタビュー③
松任谷由実
(まつとうや ゆみ)
1954年、東京都出身。映画「風立ちぬ」主題歌の「ひこうき雲」は、1973年に発売された同名のデビューアルバムに収録。
◇――宮崎監督の最近の作品って、「死」の匂いで満ちていると思うんです。
『崖の上のポニョ』(2008年)にしても
『千と千尋の神隠し』(01年)にしても、
メメント・モリ
(=死を思え/ラテン語で「汝らは死を覚悟せよ」の意)
が漂っている。
ユーミンさんの曲にもそんな作品はありますか?
松任谷 メメント・モリな曲は多いですよ。
初期の「空と海の輝きに向けて」っていう曲なんか
「永遠の輝きに生命のかじをとろう おまえは歌になり流れていく」ですから。
なんかこう、死に向かって進んでいるような。
でも、皮相的な「死」じゃなくて。
◇――「死」を思うことで「生」を思うみたいなことがユーミンさんの中にずっとある。
松任谷 そうですね。
「ANNIVERSARY」という曲にも、もろに出ていますし……。
なんか生きている時間のほうが短いっていうのを、常に思っているんですよね。
この肉体をもって今生にいる、ってことが砂粒ぐらいのもんだなぁ、なんて。
◇――「ひこうき雲」が『風立ちぬ』に合う根底にあるのは、
「白い坂道が空まで続いていた」とか
「あの子は昇っていく」
みたいな、いかにも映画に出てきそうな言葉そのものじゃなくて、
実はそのメメント・モリな部分が作家性の根っこにあって、
そういうところが響き合っているからかもしれませんね。
松任谷 そうですね。きっと。
なるべくその感情を、その感情とは違うものであらわしたいなぁっていうのが趣味なので。
コップを描くとしたら、コップの輪郭じゃなくて、
まわりの映り込みを描くことで浮かびあがってくるのが好きなんですよ。
◇――『風立ちぬ』と出会ったことで、ユーミンさんがこれから作るものに影響を与える要素があるとしたら、何でしょう。
松任谷 完成報告発表会の時に、二郎の声を担当された庵野(秀明)さんと宮崎監督が、
こういう時代だから、ファンタジーをそのままやるわけにはいかないとおっしゃっていましたよね。
それはそうだよなぁって、あらためて思いました。
東日本大震災のあと、
「Road Show」というアルバムを作り終え、
リリースの準備をしていたんですけれど、
ファンタジーをそのままやるのではない、という空気感はビシビシきてて、
リリースするか、震災の前に決まっていたツアーに出るか、ということで話し合いがあったんです。
だけど迷いはなかったですね。
半分ファンタジーなんだけど
“ある”という手触りを届けているんだから、それでいいんだと。
宮崎監督だって同じだと思います。
今回、「ひこうき雲」を使っていただいて、それでよかったんだって言ってもらった気がしたんです。
◇――アニメーション映画の場合、一度作り出すと3年とか平気でかかる。
3年後の世の中の気分なんて、全くわからないまま走り出すわけです。
ところが宮崎監督の作品は時代に寄り添うというか、ある符合を見せることがありますよね。
松任谷 外的状況の分析よりも、とにかく美しいものをつくるんだという宮崎監督の気持ちがすべてじゃないかな。
それしかないと思います。
自分のやるべきことを無心にやることで、時代が鏡になって何かを映しだす。
目に見えないものとか、認識している以外のところにもっともっと情報があるんですよね。
「今生」で与えられている器官をとおして認識するものなんて、魂の世界にいったら、
目も、耳も、別に関係ないわけで……。
器がないところに無限の情報があるんです。
それは本当にそう思います。
◇――ありえないことですけど、もし、あの曲を作ったばかりの荒井由実さんにユーミンさんが今、言ってあげられるとすると、
どんな言葉ですか。
松任谷 ……「続けなさい」。
多くは、きっと言わないんだろうな。
ジブリ作品に40年後に巡り合うからとか、いつ結婚していつごろこうなるとかではなく、自分で扉を開けていけ、っていうことだと思うんです。
●聞き手・依田謙一 (日本テレビ)
(2013年8月6日 読売新聞)
