『怖い。逆らえなくなって貸したくない物も貸したり。ヤメテとも言えない。心の気持ちとかバカにされて「バカじゃない」とか「キモイ」とか聞きたくない言葉、心に深く刺さってしまうだけ』これは、2017年に自殺した群馬県の女子高校生が残したメモである。
 
昨晩(2020.02.19)のテレビ朝日「報道ステーション」で白血病と闘っている池江璃花子さんはこう語りました。
 
「つらい思いをしている自分を見られることが正直嫌なところがあった。水泳で結果を出してきたから、病気中もつらいと言えなかったし、素直に頼れなかった。家族を。つらい。しんどい。ここが痛い。そういうことを全く言わなかったので、それがたまってしんどかった。それでも家族や関係者の支えがなかったら乗り切れなかった。
(中略)
本当に一番しんどい時は死にたいと思いました。こんなに苦しい思いをするなら、死んだほうがましと思っちゃって、でも、その言葉を後々考えた時にすごく反省しました。なんでそんなことを考えたんだろう。一時退院した時には、こんなに楽しいことが待っていたのになんで死にたいなんて考えたんだろう。」
 
悩みは、人それぞれです。他人から見れば些細なことでも、本人にとっては大問題なのです。群馬の女子高生と池江璃花子さんが直面した課題に質的な違いはありません。
 
しかし、大きく異るのは「死ななかった」という事実です。死にさえしなければ、少しだけ強くなった自分に出会えるのです。
 
僕は、妻に「死にたい」と言ったことがあります。その時、妻は「死にたいほど、しんどいんやね。」と驚くことなく、優しく受け止めてくれました。だから、僕は、少しだけ強くなれたのです。

【赤ちゃんの夜泣きに感謝しなさい】
http://usasin77.sakura.ne.jp/beautystyle.sakura.ne.jp/2020/02/16/post-0001-2/?fbclid=IwAR0vxRkgEWxEfkTL6YjaMP5zUQnYQqp6dYpT4xEtaMCleba4Rmeqs3CUvGo
 
とても珍しい体質を持って生まれてきた長女を育てるのに懸命だった。出口のないトンネルを進むのは、不安で、怖くて仕方がなかった。二番目を授かるには遺伝の恐怖もあった。それでも、長女に兄弟姉妹を残してあげたかった。だから、覚悟をして長男を授かった。
 
手のかかった長女、手のかからなかった長男。この二人を妻は等しく愛してるだろう。私はどうか?私も全く至らないけど、等しく愛してきたんだと勝手に思ってる。
 
私たちの子育ては、もはや終わろうとしている。なんと幸せなことか。私たちの子ども達よ。親孝行なんてしなくてかまわない。君たちはすでにたくさんの宝を私たち夫婦に与えてくれたのだから。

 

新型コロナウイルスがパンデミック(制御不能の流行)という局面に入りました。薬局のマスクが売り切れ、私の勤めるフィットネスクラブでも「除菌」がキーワードになりつつあります。
 
手洗いうがいの励行やマスクの着用も大切ですが、まずは、自らの免疫力を高めることにも目を向けて頂きたいと切に願います。人間の身体を侮ってはいけません。これから、何回かに分けて、免疫力の強化について書いていきます。
 
まずは、「かかと上げ下げ」をしましょう。一日、30回が目安です。ウィルスが体内に侵入した場合、僕たちの体は、免疫細胞の動員を行います。その導線となるのが全身に張り巡らされている血管です。
 
その血液の流れを助けるのが「第二の心臓」と呼ばれる下腿三頭筋(ふくらはぎを含む)です。ここの筋力が衰えると血液の動員ができず、免疫力が発揮できなくなるのです。スペースもいりません。すぐにできます。さぁ、始めましょう!

唇には、たくさんの毛細血管が集まっていてます。血流の良い人は、赤く、悪い人は、発色が鈍くなります。つまり、健康度のバロメーターになっています。男は、無意識ですが、唇の色を見てパートナー選びをしているのです。強い遺伝子をつなぐために。
 
よりそれをアピールするために、女は口紅を塗ります。しかし、健康度を測るのであれば、もっと適切な部位があります。それは、「舌」です。舌には、唇以上の毛細血管があり、かつ、その全体が筋肉となっています。
 
舌を見ることで、自身の健康度を確認できますので、以下のサイトを参考にして下さい。

https://toyokeizai.net/articles/-/172197

 

彼は、私のことを「トゥエンティ・トゥー・ポイント(22)ポイント」と呼んだ。これは、私が当時大学1回生で取得した単位数だ。先輩として新入生に臨むオリエンテーリングで、本来、一年生で取得するべき単位を大きく下回る僕を指して、「こんな風になるなよ!」と彼等に面白おかしく忠告した。
 
彼は、私を「アホウ」と呼んだ。しかし、そこに何の悪意も感じなかった。彼の爽やかさがそうさせるのだろう。
 
彼が、私をなぜそのように好意的に見てくれていたかは知らない。同じ国語科という専攻だったが、彼は「中学校」、私は「小学校」と課程が違ったから、交流はそれほどなかった。あるとすれば、コンパであろう。お互いに「酒飲み」という共通点はあった。
 
彼は、落語家だった。飛鳥亭雅(あすかていみやび)という芸名もあった。破天荒な彼は、私達に様々な伝説を与えてくれた。それは、この公共の場では言えない。彼もまた「アホウ」なのだ。
 
接点は、少ないにも関わらず大学卒業後も彼と私は交流があった。彼の異変に気づいたのは、私が企画した「奈良教育大学国語科H1卒業生同期会」の幹事に彼を誘った時のことだ。
 
彼の気分を変えようと彼と「落語会」に行ったことがある。落語家の隣で楽しむ「落語会」は、落語に対する私の興味を更に拡げてくれた。
 
大学卒業後、中学の教師になった彼は、51歳で若年性アルツハイマー病を患い、休職、そして、54歳の今春、失職する。私は、この「アホウ」に報いなければいけない。同じ「アホウ」として。
 
彼は、今、自身の経験を講演している。若年性認知症に対する啓発活動を行っている。私は、彼を応援することを決めた。どんな場でも構わない。彼に「アホウ」の生きる場を与えてやって下さい。お願いします。

 

詳しくは、こちらをご覧ください。