少しずつ満ちるもの | 恋愛小説家

少しずつ満ちるもの

金曜日の月夜はとても晴れていました。

約束もないまま、一人二人、三人余人。

ふらり自然と集まり、流れのまま顔を合わせた人たちと

満月に誕生日を迎えた小さな巨人を祝うべく

グラスがなくても、こぶしを上げて乾杯。


子どもの誕生日は、当然「子どもが生まれた日」なのですが

それと同時に母や父の誕生日でもあると思います。

だからこの日は子どもが主役であり、生み出した親もまた主役。


友というは気持ちの良いものです。

実はちょっと久しぶりでしたが、そんなことは関係ありません。

居心地の良い仲間は、いろんなところに散らばっているのに

再会すれば瞬く間にここにいるのが当たり前だったのだと思える。

何と言うか、その「しっくり来る感じ」をシェアするために

理由もなく、ときどきに会いたくなるのです。

何か話したいこと、相談したいことがあるというより、ただ会いたいだけ。

黙っていても大丈夫。無言の対話が落ち着きます。

別れ際にハグをしました、母の匂いがしました。


人は不思議と、自然に良い匂いをまとっています。

人工的な香水とは違う、あたたかなその人なりの匂いがあります。

気配だとか、雰囲気だとかいうものでしょう。

やさしい空気に包まれたいという望みは動物的な感覚で

幼い頃、お気に入りのブランケットで昼寝する幸福が誰にでもあったように

大人になっても、切なくなるほど胸に押し寄せてくるのです。


あまりにも美しい月を見上げ、いろいろなことを思いました。

近くで同じ月を見ている皆のことはもとより、

遠くで、同じ空の下にいる大切な仲間のことを。

生きている、湿った汗の匂いを。



プレゼントの包みの中に入っているものは些細なものかもしれません。

けれど、その物を誰かのために選ぶときに、

ああでもない、こうでもないと

相手の喜ぶ顔を見たい一心で吟味しているときの想いこそが

本当に、その人にあげたかった贈り物なのだと思います。


表面的に華やかなものや、見せかけの物事には

それほど興味が湧きませんでした。

自分やパートナーがどれほど富と名声を得ているとか、

どこのブランドの服を着て、どんな車に乗っているとか、

どんな仕事をしているとか、その宝石が幾らするのかよりも

ただ、それが本物であると見抜く審美眼だけあれば十分でしょう。


おみやげに貰った、昔ながらの黒砂糖のお菓子。

「これがおいしいから、ぜひあなたに食べてほしくて」と

お気に入りの味を紹介してくれたことが、嬉しかった。


そういえば、雰囲気が変わったと言われました。

もしかしたら確かにそうかもしれません。

人に言われて気付いたのですが

強い引力で、引っ張り出されてきたようです。

ありがとう、いつもいつも。