鳩尾 | 恋愛小説家

鳩尾

梅雨入り早々の真夏日続き。

アイスの買い食いが嬉しい、三十路女です。


「鳩尾」と書いて、みぞおち。

当て字って面白いです。

左右の肋骨が、鳩の羽を広げたところならば、

みぞおち辺りは尾になるわけですね。


というのは前置きで、今日はなぜか鳩尾が痛みます。


さらに、粟粒大の口内炎も2つ。

うっかり、口の中を噛んでしまったのです。

大きく育たないように、ビタミンを飲みました。


カラダが資本。健康はプライスレス。

少々、夏痩せしてきたようですし

「内臓」みたいに見えない部分は

大切にいたわってあげたいものです。



細々と、足掛け4年続いている、ある案件。


原稿について、これまで「良い」とされていた点に

ここ数ヶ月のうちに、変更が次々と発生して

「それでいいの?」と首をかしげるオーダーが増えてきたのです。


仕事ですので、柔軟に対応したいとは思います。

ただライティングのテーマというか、

根本的な発信しているコンセプトまでも覆りつつあり

「面白い読み物」ですらなくなってしまいそうな二転三転…。


書く側であっても、一読者としての目線も持っていたいのです。

だからそれがどうしても気になってしまいました。

意を決し(小心者ゆえ)担当の方に、率直な感想をメールしたところ

とても親身な返事が届きました。


書かれていたことは、大方私の想像していたとおり。

肝心の上層部のやり方が中途半端すぎて

いつだって間に挟まれた人が、右に左に振り回される構造。


編集者の内情もある程度わかるだけに

「やっぱりそうか」と同情すると同時に、

ううむ、と首をかしげる点も。


たとえば、営業先で広告を取るために調子を合わせても、

付け焼刃的な対応では、そのうちボロがでます。

ハリボテの上だけ、貼りなおしているようなもので

本当に良いものが生まれるとは思えません。

しかし、広告収入がなければ立ち回らないのも現実で。


どこか、スッキリしない悪循環。

打算的であるかどうかは、

どうしたって察知できてしまうものです。


それでも、今や世の中は二極化しているようで

「あそこに頼んで正解だった!」と唸らせるぐらいの

独創とクオリティで勝負!という仕事人がわんさといます。


評価や売上げ、社会的な成功などとは別の部分で

情熱が原動力になる人たち。そこに、妥協は一切ナシ。

一見すれば無茶をしているようでも、

波を乗り越えていく人は、やっぱり努力しています。

自然と周囲に信用され、愛され、人と人とをつなげていく。

コミュニケーションが次の仕事へと導いていく、好循環。


クライアントとの結びつきと、生まれるものに愛情と責任を持つ。

<小さいものだとしても、そうやって向き合っていこう>

初心は確か、そんな風だったはずです。