私研究
下手の横好きというのかもしれませんが
子どものころから写真を撮るのが好きでした。
押入れから発掘した、父のカメラをぶら下げて
散歩をしたり、庭の牡丹が開くまで毎朝同じ時刻に撮影したり
姉のバンドのライヴに出かけたり、猫を撮ったり。
世間一般的には「不合格」だとしても
これでいい!という合格点は自分でつけていました。
狭くて小さな私の世界と向き合って
自己満足する遊びだったように思います。
自己満足といえば
ここ数日プロフィールに使っていた写真について
幼馴染のように私のことをよく知る人物から
「変顔すぎる!」と指摘を受けたので、素直にやめました。
なぜかこの人の言うことは的確で、
私が<自分でも知り得なかった一面>を度々言い当てられます。
それなら変わりはないかな?と手持ちの写真を探してみても
自身がカメラを構えているだけに、写っていない・・・。
(あっても、こんな風に時計のふりをしていたり)
人はどんどん、忘れてしまう生き物ですし
ダンボールからアルバムを引っ張り出して
若い時代や過ぎ去った日々のこと、また当時を振り返る作業は
誰にとっても、時に必要なことかもしれません。
色あせたスナップ写真一枚からも伝わってくるのは
そのころ誰が周りにいてくれたのか、愛情を注いでくれたのか。
時を経た今だからこそ、
そこから感じるものを文章にできると思うのです。
