ペーパーバッグ | 恋愛小説家

ペーパーバッグ

「私はこれがいい」と

肩の力を抜いて、当たり前に主張できるようになりたいのです。

 

どうしても、私には、それができませんでした。

それは心の深いところに、幼いころから自然と備わった習慣のようなもので、アンバランスな関係を続けていた両親をつなげるために「中立」でいることが自分の役割のようなものと思い込んでいたためかもしれません。

 

私の言う「何でもいいよ」は、妥協やあきらめではありません。

 

ずらりと選択肢をならべられても、「これじゃないとダメ」というよりは、「どれだって嫌じゃない」。

本当に、嫌じゃないんです。

 

それで相手が幸せならば、私は何を選んでも大丈夫だから、自由にしてね、私はそれに付き合うね・・・という意味です。人と違う意見を主張することで、相手の気分を害してしまうんじゃないか。恐れからくる自己防衛といわれれば、否定できませんが。 

 

 

初めて、それでは上手くいかないということを痛感したのは

17か18のころでした。

 

恋していた人と美術館を散歩してから

お茶をすすりつつ、正面の芝生に座り込んでいました。

すると彼が突然

「どれが好きだった?」と質問してきたのです。

 

窮しました。

 

私は、「どれも好き」だけど「これが好き」と、

口に出すことが、本当にできなかったからです。

そんなに簡単なことができないのです、信じられないけれど。

おまけに彼は美術に詳しく、私はまったく無知でしたから

ソムリエ相手に、「このワインが良いね」と

熱く語る素人客のようなバツの悪さで、

この局面を、どう切り抜けたものかと黙り込みました。

 

「う~ん、みんな良くてわかんない」 

こまった笑顔をするしかありませんでした。

 

そんなことを答えた私に、彼はハッキリ言いました。

 

「このままだと、君とは多分、続かない。

君の好きなものとか、気に入るものはなんだっていい。

もしそれがお互いに食い違っているなら、

『そうか』って、その価値観を理解しあえばいいだけじゃん。

そうやって分かり合ってこそ、

ふたりでいる意味があるんじゃないの」

 

初めてのデートで、いきなり突きつけられた別れの宣告に

私は居たたまれなくなり

家から閉め出しを食らった子どものように、めそめそ泣きました。

「一番好きなものだったら、もっと満たされる」と知っているのに

そのために、どうしたらいいのか分からないのです。

 

怖くて仕方ない。

ただ短い一言を言い出すために、

想像以上に努力が必要な人間もいるのです。

 

突っ伏していたら、頭の中に浮かんできたのは

セメントで出来たペーパーバッグのオブジェでした。

美術館の床に無造作に展示されていた

“形そのものはクシャクシャの紙バッグなのに、セメントで出来ている”おかしなアートのことが好きだ・・・と、思いました。

 

そして、私の好きなものは何だったのか、

やっとの思いで伝えました。

彼は聴いてくれました。笑っていました。

 

それだけで充分でした。

「君とは多分、続かない」と、もう二度と言われたくない。

胃の痛くなるような気分で、慣らす努力が必要だとしても。

 

 

どうしてこんなことを思い出したのかって、昔と同じような気持ちに、またなったからです。まるで成長していないことを感じて、情けなくなったからです。

 

言葉は悪いですが、「女は数歩後ろからついて来ればいい」という男性には、あいまいな態度も問題なく受け入れられたようですが、それじゃいけない・・・。せっかく一緒にいるならば、その価値を見出せるように、努力をしなければならないこともあるのでしょう。