真冬のチョコレート
父の古いマニュアルカメラを持ち出して
テーブル越しに、彼のポートレートを撮っていた。
私たちは、割と一緒に過ごしていたけれど
デートだったり散歩だったりの写真を撮るのが好きで
「“3日目”の初日の出を見に行こう」
「雨に降られた夜桜もいいもんだ」
「特大ツリーを寝転がって見上げよう」などと
思いつくまま、そこにある風景を集めて遊んだ。
感度のいいフィルムを選んだところで
その1本の中に、お気に入りの写真があるかといえば
「運がよければ一枚見つかる程度」の腕前。
それでも、その一枚が傑作だったりするから
アナログさ加減を、ドキドキと楽しめていた時代だった。
★
汗をかいたペリエから、泡粒が次々と上っては消えていく。
ベージュのボタンダウンに、オレンジと茶色のネクタイ。
仕事帰りの彼と、駅ビルに入った店で食事をした。
カジュアルな南フランスの家庭料理。
美味しいものを食べるときの笑顔に、こちらまで笑ってしまう。
食べ物を大切に味わっている、仕草が大好き。
仲睦まじく、最高のパートナーだった彼。
キャンドルの灯りだと、光が足りないから
「2秒だけ動かないで。」と頼んだ。
もうじき、私たちはお別れすることになるなんて
まだ信じられなくて
いつも通り、カメラ目線ではない彼を
永遠のような2秒間で焼き付けた。
あの日撮った最後の一枚は、きっと最高傑作だった。
彼の着ていた服、伏目がちな笑顔、フォークを持つ指先
そのすべてが美しく、私への愛であふれていた。
だからどうしても涙が溢れて仕方ない。
私も、同じように彼を慕っていたから
そんな奇跡的な写真が撮れたということを疑わない。
★
息の白さを確かめながら
「これ以上食べられない」と、伸びをした私に
「はい、デザート。」と 彼がくれた
キオスクで買ったチョコレート。
コートのポケットから取り出したとき
それはすっかり冷え切っていて、
かじるとパキッという澄んだ音がして
甘い余韻を残し、口の中でゆっくり消えていった。