真冬のチョコレート | 恋愛小説家

真冬のチョコレート

父の古いマニュアルカメラを持ち出して

テーブル越しに、彼のポートレートを撮っていた。
 

私たちは、割と一緒に過ごしていたけれど

デートだったり散歩だったりの写真を撮るのが好きで

 

「“3日目”の初日の出を見に行こう」

「雨に降られた夜桜もいいもんだ」

「特大ツリーを寝転がって見上げよう」などと

思いつくまま、そこにある風景を集めて遊んだ。

 

感度のいいフィルムを選んだところで

その1本の中に、お気に入りの写真があるかといえば

「運がよければ一枚見つかる程度」の腕前。

それでも、その一枚が傑作だったりするから

アナログさ加減を、ドキドキと楽しめていた時代だった。

 

 

汗をかいたペリエから、泡粒が次々と上っては消えていく。

ベージュのボタンダウンに、オレンジと茶色のネクタイ。

仕事帰りの彼と、駅ビルに入った店で食事をした。

 

カジュアルな南フランスの家庭料理。

美味しいものを食べるときの笑顔に、こちらまで笑ってしまう。

食べ物を大切に味わっている、仕草が大好き。

仲睦まじく、最高のパートナーだった彼。
 

キャンドルの灯りだと、光が足りないから

「2秒だけ動かないで。」と頼んだ。

 

もうじき、私たちはお別れすることになるなんて

まだ信じられなくて

いつも通り、カメラ目線ではない彼を

永遠のような2秒間で焼き付けた。

 

あの日撮った最後の一枚は、きっと最高傑作だった。

彼の着ていた服、伏目がちな笑顔、フォークを持つ指先

そのすべてが美しく、私への愛であふれていた。

だからどうしても涙が溢れて仕方ない。
 

私も、同じように彼を慕っていたから

そんな奇跡的な写真が撮れたということを疑わない。

  

 

息の白さを確かめながら 

「これ以上食べられない」と、伸びをした私に

「はい、デザート。」と 彼がくれた

キオスクで買ったチョコレート。

 

コートのポケットから取り出したとき

それはすっかり冷え切っていて、

かじるとパキッという澄んだ音がして

甘い余韻を残し、口の中でゆっくり消えていった。