妻は長男の床屋の話を聞いて、たくさん喜んでくれた。


たくさん笑って、そのまま寝た。



日が変わる頃、妻が起きた。

具合が悪そうだった。


胸が苦しい

クラクラする

ドキドキする


そう伝える妻



痛み止めを追加して、やっと落ち着く。


しかし、めまいは強く、暫く残った。


水分を飲んでも、妻はなかなか眠れなかった。


妻は、ぼんやりと話す。



なんかね、意識が、ハッキリしてるの

でも、近くて遠いんだ



ゆっくり、話す妻


話し口調はしっかりしている。

目も焦点が合っている


でも、妻の口調は、なんだか不安を掻き立てるようで


妻の手を握って顔を見て、とにかく、ただ妻をきちんと見なきゃいけないと思った。



妻は、そんな私をまっすぐ見て、頭を撫でる。



なんだか、遠いんだ



何度も、私にそう言った。


子どもたちを呼ぶか迷う。

看護師さんを呼ぶべきか。

なんで呼ぶのか。

よくわからないけど、もしかしたら、




そう焦って、結局何もできず、私は妻をずっと覗き込んで、頭を撫でられて、


気づいたら、妻の手を一生懸命握り、妻のお腹をなでていた。

涙が止まらなかった。



1時間して、妻が落ち着いたと言った。

そのまま眠った。


不安で、私は動けなかった。


まどろんでいるうち、午前3時を過ぎた。



妻は目を覚まし、落ち着いたのがわかった。

ほっとした。


そしたら、



遺言書セットは、もうある?



と、妻に聞かれた。


今日、私おかしいから、多分、明日はもっと悪いと思う。

だから、書けるうちに書きたい。



セットを用意して、手本をみてもらう。


一生懸命妻は書いた。


その姿を見て、また涙が出た。




書き終えて、判子をついて、封をして、遺言書をしまった。


安心して、また妻は少し眠った。



私は、妻のカンが当たる気がして、朝が来てほしくなくて、妻の身体をさすりながら過ごした。






朝になり、妻は思いのほか元気だった。



カーテンを開けて、景色を見ると喜んだ。


杞憂だったと思ったら、またクラクラ、ドキドキすると言い、塞ぎ込んだ。



妻の身体をさする。

さらに痛みも出てきて、妻は髪をかき乱す。


私は、身体をさすって、手を握っていた。


もしかしたら、本当に


家族に連絡し始めた頃、2回目の痛み止め追加で、妻は、やっと落ち着いた。







午前9時頃


妻の妹さんが付き添いの交代で来た。


昨日の夜から、うちのアパートに泊まっていて、日曜まで手伝ってくれることになっていた。


妻は、少し不安というので、午前中は私も付き添った。

ただ、妻から目が離せなかった。



気づけば、午後1時


妻は、妹さんの弾くピアノを聞いて、楽しんでいた。

体調不良は出なかった。


私は、少し安心して、妻の許可をもらって帰宅して休んだ。



少し寝て、子どもたちの迎え

今日は、不安なので、子どもたちには会えないと妻が言っていた。




子どもたちを連れ帰り、風呂に入れて、母の作ってくれた夕食を食べる。


子どもたちとワイワイ食事をするのが、楽しかった。




食事を終えて、母と、もし万が一の話をした。

葬式の話

愛ちゃんと相談したことを話した。

葬式の話をする際、私は泣きながら話すのがクセになっていた。


母から、葬式のこと、喪主、来客対応等について聞いた。



ただ、愛ちゃんのそばで身体を撫でてあげて、たくさん労ってあげて、そのままお別れしたいと、本音が出た。



通夜振る舞い、御伽、喪主の挨拶

全てが私の時代では当たり前



通夜振る舞いや御伽なんて気分じゃない…と言えば、



今まで出た葬式はあった。

愛ちゃんのため。

愛ちゃんと別れる人たちに感謝はないの。



正論だった。



幼い自分は、愛ちゃんのそばで、少しでも多く子どもたちと一緒に過ごして、愛ちゃんにたくさん触れたかった。

たくさんお礼を言って、たくさん労って、愛してるって何度も言って

髪をなでて、頬をなでて、足をなでて

頑張ったねって言って、


その後は、もう、触れたくても、触れられないから



妻との最後の時間を減らして、お酌や食事をする時間は、そんなに必要なのか

そんなに非常識なのか

それで、愛ちゃんが供養できないのか

こんな葬式で、最期まで、かわいそうな愛ちゃんと、言われるのか



ただでさえ、葬式の話なんて嫌なのに、どんどん苦しくなって、だんだん、惨めになってきた。


常識がなく、大人になりきれてないと実感させられている気持ちになった。

妻と、妻のことを大事にしてくれた人のために

子どもたちのために


じゃあ、私の為の時間は、


そういうことさえ、常識がないのか



母に聞く


もし、私や弟が幼い頃、父が病気で、ずっと闘病して、それでも死んだら、どうする?



私だったら、通夜振る舞いも御伽もやる。

一般の人も呼んで、きちんとお父さんのためにありがとうと1人1人感謝を伝える。



母は即答した。

即答か…と思った。




涙は、ずっと止まらなかった。

だから、話をやめて、病院に行った。




病室に行くと、妻は妹さんと楽しく話していた。


今日の昼は平和で、アニメを見て過ごしていた。


元気な妻を見て、また泣けてきた。

もう、わけがわかんない



涙を落ち着かせて、交代


妻に、母が持たせてくれた味噌汁を見せる。


美味しいと言って、一人前を飲んだ。

本当に幸せそうだった。


寝る準備をしながら、バカ話をした。

電気を消して、外の夜景を見たりもした。


楽しかった。


そしたら、妻は、耳がこもると言い始めた。

色々調べたら痩せたことによる障害らしい。

妻は、すごく焦って、不安そうだった。

看護師さんに相談したり、ネットで調べたりしたけど、耳は治らなかった。


明日、先生に診てもらおう

大丈夫


そう言い聞かせて、妻の身体をさすった。

こんなことしかできない自分が、また惨めだった。



妻が眠った。


私は、眠れない。


目が冴えて



まとまって、きちんと寝たのは、いつが最後だろう。

子どもたちと最後に寝たのは、いつだろう。

寝ても、1、2時間で目が覚めてしまう。


でも、あまり疲れてない



妻を見る。

熟睡している。


寝ているうちに、たくさんなでておこうか

せっかく寝ている妻を起こすのは良くない


葛藤しているうちに、矛盾ばかりの自分に苦しくなって、また泣く





眠れなくて、書き忘れていたブログを書いて、紛らわそうとして、書いててまた泣く



もう、泣きたくないのに


涙ばっかりだ