朝、妻はしばらく起きなかった。


疲れている様子だった。


回診に先生方が訪れた。


昨夜はかなり悪かったようで、心配していた。


吐き戻すのも体力と筋力を使う。

このままでは、衰弱吐き戻す度に衰弱する。

体力回復を目指すなら、鼻から管を常に入れて、吐き戻す前に吐瀉物を吸引する方法があるが、試してみないか。


と勧められた。


妻が起きたら、相談します。と答えた。



しばらくして、妻が起きた。

声は出るが、動くのが億劫のようだった。


いちごとアイスが食べたいと言うので、いちご一粒と抹茶のハーゲンダッツを持っていった。


いちごはほぼ一粒、ハーゲンダッツは二口食べた。


食べている際に、鼻に管をいれる話をした。


やる。


妻は即答した。


そのココロは?と尋ねると、


生きるため。


と答えた。

力強い回答だった。


友達の面会が控えていたので、面会後に医師に挿管をお願いすることにした。



少し経ってから、妻の友達が面会に来た。

2人は、妻の高校の同級生だった。

妻のために、遠方からわざわざ来てくれた。


妻が話を聞かせてと友達に言うと、2人は、まるで学生の頃のように話し始めた。


妻は、ずっとニコニコしていた。

あまり声を出さなかったけど、ずっと楽しそうにしていた。


また会おうね。

そう言って、友達2人は帰っていった。


帰る前に握手をして、妻は来てくれてありがとうと何度も言っていた。



2人が帰ったあと、医師が来て挿管した。


管は、うどんくらいの太さらしい。

痛かったり苦しかったりすると聞いていたが、妻は特に苦しそうな顔をせず受け入れていた。


機械で一度吸引

800グラムの胃内容物が吸引された。


その後は、ある程度貯まれば勝手に抜けてくれるそうだ。



ただ、飲んだもの全て吸い出されるわけではないらしい。


また、点滴で栄養も取れているので、あとは身体を休めるだけだ。


妻は、挿管してすぐに落ち着き、眠った。


妻に付いている器具が増えるたび、不安になる。

妻の頭を撫でる。

生きるためと答えた妻


生きて欲しい。

ただそれだけなのに




昼頃お父さんと交代


家に帰って休み、子どもたちの迎え


泡風呂でたくさん遊ばせて、夕食



母から、実家に帰ってきたらという話が出た。

愛ちゃんに万が一があった時にという前提で。


帰れば、子どもたちの世話が楽になり、仕事に集中できる。

でも親と私は性格が、合わない。

よくぶつかってしまう。

それに、私が子どもの世話をしたい。

お母さんがいない分、そばにいたい。

愛ちゃんのお母さんを見てきたから、それを伝えて育てたい。

正直仕事もしたい。

でも、子どもたちとの時間の方が大事


そう話した。


そんなことできる?


と、一蹴


そこから少しケンカ



アンタは、自分本意なんだね。

子どもたちのこと考えてない。

大学に行かせなくていいの?


等、痛いところを突かれて、おしまいになった。

愛ちゃんの死んだ後のことを考えろというのは、いつも私の両親だった。

わかっているし、それが悪いことだと思っていない。

それでも…


あなたは、幼すぎる


そう言われたことを思い出し、ただ、嫌な気持ちになるばかり



病院に逃げるように行く。


さっきまで、愛ちゃんが死んだ後のことを話していたのに、病院に着いたら愛ちゃんが生きることしか考えない。


この切り替えが救いなのかもしれない。


病室では、愛ちゃんが起き上がって、色々なものを整理していた。

体調は、すこぶる良いらしい。

吐き気のない愛ちゃんは、とにかく喋っていた。

こんなに話す妻は久しぶりだった。


アイスが食べたいと言い、ハーゲンダッツを持ってくると、あっという間に半分食べた。


また、映画が見たいとか、歩きたいとか、とにかく話していた。


妻が話すだけで、心が救われた。

生きる気力を感じることができた。


こんなことなら、もっと早く管を入れれば良かったと笑う妻


冗談をいう妻を見たのは、何ヶ月ぶりだろうか。



話して、動画を見て、疲れて今は眠っている。

よく眠ってくれ。

それが付き添いをしている私の幸せです。