昼過ぎ、病院から電話があった。


妻の容体がこの2日間で悪くなった。

それで、話せるうちにと思い、24時間の自由な付き添い看護の許可が出た。

子どもはダメだけど、私はいい。

妻に聞いたら、付き添って欲しいと言っていた。


と言われた。



妻が、危ないと思った。

そして、私ができることを最大限やるときがきたと思った。


私は、上司に説明して、仕事を早抜けして病院に向かった。

明日の休みもお願いした。



病院についてすぐ、妻の病室に入った。


妻は、ベッドで目を閉じて、眠っているような表情だった。


か細い声で話す妻は、2日前より衰弱していた。


個室には、一昨日はなかったポータブルトイレが置かれた。

もう、病室から出るのも辛いらしい。


最初は、ただ頭をなでた。

妻に安心してほしかった。


その次に、ジュースを飲ませた。

お茶を飲ませた。

少しずつであれば飲めていた。


身体を起こすことはつらそうだった。


ただ話しかけていくうちに、頷くだけの返事が単語になり、文章になり、少しずつ、人間味を取り戻していった。


話すと口が乾くので、こまめにジュースをあげた。


少しずつ、妻が人に戻り始めたと感じた。

妻が足を揉んでという。

妻の足をマッサージする。

むくみはない。

まだ血液循環はきちんと動いていると感じた。


足はまだ元気だねと話す。


妻が応える。


夫婦二人だけの、ゆっくりした時間が過ぎていた。



そうして、妻と関係をゆっくり作っていると、妻のスマホに電話がきた。

私が出ると、妻のおばさんからだった。


これから、おばさんと妻のお母さんが病院に行くというものだった。



実は、妻の付き添い看護が決まって、妻のお母さんには連絡していたのだが、どうやら私達に何も言わず、とにかくこっちに来ることにしたらしい。


お母さんに電話をする。


大丈夫だから

とにかくそっちに行くね

迷惑かけないから


今、せっかく妻とゆっくりと関係を作り、徐々にこっち側に引っ張っていたのに。。


お母さんの一方的な話にイライラしつつ、今日はとにかくやめてくれと話す。

それでも、お母さんは、迷惑かけないから。皆で話し合おう等と言い、話を聞かない。


その電話を聞いていた妻は、突然、


もうやめて!


と泣いて怒った。


驚いて、電話を切る。



妻は、泣く。


なだめて、謝る。


妻に、どうしてほしいか尋ねた。


お母さんたちに来ないで欲しい。

私の心は、いっつも無視するからもう嫌。


等と言った。



妻から離れて、お母さんに電話をする。


改めて、こっちに来ることはやめてもらうようにお願いした。


おばさんは、妻が会いたいというので、来てもらうことになった。



妻に報告して、とにかくなだめた。


今、妻に必要なのは生きる気力と栄養


こんな事で、気分を害されてはいけない。



なるべくお母さんについては触れず、妻と話した。


学生の頃の思い出

空手部だったこと


たくさん話した。



そのうち、空手部の後輩とテレビ電話をしてみたりした。


後輩の女の子は、旦那さんと一緒に映って、妻にたくさん笑いかけていた。


妻は、この日一番元気になっていた。


ただ、妻は嬉しそうに話していた。


こうやって、私が誰かと繋いで話せれば、まだまだこっち側でやっていけると思った。


電話を終えると、妻は、


とっても楽しかったと言って笑っていた。


最初にあったときと、妻は、別人のようだった。



夕方になり、私は妻の病室を後にした。


今日は、子どもたちを迎えに行かなければならない。



立ち去る前、妻の手を握り、とにかく愛していると伝えた。

目を見て、一緒に生きようと伝えた。


妻は、別人のような笑顔で、私もだよ。一緒に生きようねと笑っていた。



明日以降も、とにかく妻のところに通う。


子ども園や互いの両親には協力依頼をした。



妻を死なせない。

とにかくやろう。