昨日の夜吐き戻した。


嘔吐は体力が一気に奪われて怖い。



妻から、メッセージが届いた。



便秘のせいで、吐き戻したそうだ。


その日のメッセージは、全てつらそうだった。

昨日までメッセージは生き生きしていて、電話でも明るかったのに。


痛みが薬で和らいで、でも、吐き戻して、体力が辛くて、怖くなった。

痛いがないから、怖くなった。


死が近づいている気がしてこわい。



妻は、すごく怯えていた。


病院に電話をした。

面会させてほしい。


すぐに許可が降りた。


仕事を切り上げて、病院に駆け込む。



初めて、妻の個室に入った。


そんなに広くはないが、きれいな部屋だった。

テレビ台の前には、私があげた写真立てと家族写真が飾られていた。



妻は、私に背を向けて横向きに寝ていた。


右を下にした方が楽と言っていた。



妻に触れる。


細く痩せた手足

腹部はアバラが浮いていた。

腰回りも、骨が浮いていた。


妻の顔は頬がこけていた。

底抜けに明るい笑顔はなく、静かに笑っていた。



妻の正面に周り、優しく抱きしめた。


そして、一緒に泣いた。


いっぱい泣いた。


抱きしめながら、頭をなでて、また泣いた。


涙が止まらない。


死ぬのが怖い。


死なないで。


そう願いながら、ずっと泣いた。



涙が落ち着いてくると、妻の顔を見た。


私と同じくらいいっぱい泣いていた。


その妻を見て、愛していると伝えた。


妻も愛していると答えてくれた。


何度も言い合う。


愛している。

私も。

世界で一番大事だよ。

私も。



話しているうちに、落ち着いていく。


愛していると確認するだけで、落ち着いていく。


死なないで、生きて、治って、一緒にいて

自分の中にあるグジャグジャな気持ちは、妻を愛しているという気持ちが根っこなんだ。


それに気づくだけで、落ち着いていく。



妻に、僕と結婚してくださいと伝える。


3回目のプロポーズだった。


1回目は、結婚する時

2回目は、妻のガンがわかった日

3回目は、今日


妻は、泣きながら笑顔で、はいと言ってくれた。


私は、絶対に幸せにすると誓った。


妻は、たくさん微笑んで、強い目になった。


この人と生きたいって、思ってもらえた。

そう感じた。


妻に、一緒に生きて良いんだよというと、少し驚いた顔をして、すぐに幸せそうな笑顔を見せてくれた。




両手で妻の両手を握る。


妻が、握り返す。


力はまだ残っている。


足に触れる。

力はまだある。


立ち上がって、2人で踊る。

音楽はないが、ゆっくり寄り添って揺れる。


妻は、ガンになった時、一緒にダンス教室に通いたいと言っていた。

それ以来、たまに一緒に踊っている。


妻は、まっすぐ立って、ニコニコして踊る。

妻が、私の胸に耳を当てて、心臓の音を聞く。




幸せだよ。


妻に伝える。


私も幸せ。と応えてくれる。



不思議だ。

今が、一番一緒に生きていると感じる。


愛ちゃんは、死にそうなのに。

不安で、いっぱいなのに。

日々生きることが、辛いのに。


それでも、この時の私達は、互いが生きていると確認できて、それが幸せだった。




妻に、また来ると伝えて、個室を出る。


妻は、歩行器に掴まってエレベーターホールまでついてきた。


最初に会った時と全然顔色が違った。


肌色が良く、生気があった。


元気に歩いていた。





子どもたちを迎えに行き、帰宅する。


帰れば忙しい日々に戻る。


ご飯を作り、風呂に入れて、洗濯して、子どもたちと遊ぶ。



何をしていても、


愛ちゃんを愛している。


という気持ちが自分の中にあった。


そして、


愛ちゃんを助けたい。


って、強く思った。




一緒に生きたい。


ただ、一緒に生きたい。


それだけ。


すごい奇跡が必要だとわかっているけど。


私達は、絶対に生きたいんだ。


気持ちを強く。