転生したのでしょうがなく 0102  王家の怠慢 | aitocolab ブログ 

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只の妄想を
アウトプット出来る時代に
感謝

アルヴィンが十三歳になった初夏。

レグナード領に、一人の使者が訪れた。

「ノルディア王国のアリア王妃殿下が、近々こちらの領地を訪問されるとのことです!」

その報告を聞いたアルヴィンは、思わず顔をしかめた。

(……面倒だなあ。もっとやりたいことがあるのに!)

領地の整備に、新しい町の計画。商会との打ち合わせなど、やりたいことも、やらなければならないことも山積みだった。

とはいえ、相手はノルディア王国の王妃である。適当に迎えるわけにはいかない。

(はあ……仕方ないか)

アルヴィンは小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。

「分かった。お迎えする準備を進めよう」

まずは騎士団長を呼び、街道や関所を含めた領内全体の警備を強化するよう命じた。

続いて、エレナにも声をかける。

「エレナ、王妃殿下をお迎えする準備をお願いできるかな?」

「かしこまりました。失礼のないよう、万全を期して準備いたします」

エレナは落ち着いた様子で一礼した。

こうして、アリア王妃を迎えるための準備が始まった。

◇

それから数週間後。

「アルヴィン様! 王妃殿下の一行が、領内に入られたとの報告がございました!」

使者の報告を受け、アルヴィンは出迎えのためにローデンの町へ向かった。

そこには、リリアやエレナ、騎士たちのほか、王妃を一目見ようと集まった町の人々の姿もあった。

やがて、街道の向こうから王家の紋章を掲げた馬車が姿を現した。

一行が出迎えの場所に到着すると、馬車はゆっくりと停止する。

そして、扉が開かれた。

姿を現したのは、ノルディア王国の王妃、アリアだった。

アルヴィンは一歩前へ進み出て、礼儀正しく頭を下げた。

「アリア王妃殿下。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」

「アルヴィン公爵。出迎えに感謝します。こうして再びお会いできて嬉しく思います」

アリアは穏やかな笑みを浮かべた。

二人は以前にも顔を合わせている。久しぶりの再会ではあったが、互いに初対面のような堅苦しさはなかった。

「こちらが、私の母のリリアです」

アルヴィンに紹介され、リリアが一歩前へ出た。

「初めまして、アリア王妃殿下。アルヴィンの母、リリアと申します。このたびは、ようこそお越しくださいました」

「初めまして、リリア様。突然の訪問にもかかわらず、お迎えいただきありがとうございます」

アリアも丁寧に頭を下げた。

二人が顔を合わせるのは、これが初めてだった。

リリアは柔らかな笑みを浮かべながらも、目の前の王妃を静かに見つめていた。

王妃自らが、わざわざ領地まで足を運んできたのだ。何か理由があるのだろう。

しかし、今ここで尋ねることではない。

リリアはそれ以上何も言わず、アリアを迎え入れた。

その後、一行は屋敷へと向かった。

長旅の疲れもあるだろうということで、到着した当日はアリアにゆっくり休んでもらい、本格的な話し合いは翌日に持ち越された。

◇

翌日の午前遅く。

屋敷の客間では、アルヴィンとリリアがアリアと向かい合っていた。

エレナも部屋の隅に控え、必要があればすぐに対応できるようにしている。

一通りの挨拶を終えると、アリアは静かに口を開いた。

「アルヴィン公爵。このたびは、私の訪問を快く受け入れてくださり、ありがとうございます」

「いえ、王妃殿下をお迎えするのは当然のことです」

アルヴィンは穏やかに答えた。

「それから……本日は、あなたにお詫びしなければならないことがあって参りました」

その言葉に、アルヴィンの表情がわずかに変わった。

「お詫び、ですか?」

「はい。これまでのノルディア王家の対応について、あなたにはご迷惑をおかけしてきました」

アリアは一度言葉を切り、少しだけ視線を落とした。

「そして、もう一つ。あなたが陛下に申し出た、ミレア王女殿下との婚約解消についてもです」

その言葉を聞いた瞬間、リリアの表情が変わった。

ミレアに別の婚約者がいることは、すでに知っていた。しかし、アルヴィン自身が婚約解消を申し出ていたことまでは知らなかったのだ。

リリアは隣に座る息子へ視線を向けた。

アルヴィンは特に驚いた様子もなく、静かにアリアを見つめている。

アリアは申し訳なさそうに目を伏せた。

「アルヴィン公爵は、これまでの王家の対応に不満を抱かれ、ミレア王女殿下との婚約を解消したいと陛下に申し出られたと聞いております。ですが、陛下はその申し出を認めませんでした」

「……!」

リリアは思わず息を呑んだ。

アルヴィンが婚約解消を望んでいたこと。そして、その願いが国王によって退けられたこと。

それを、母である自分は今になって初めて知った。

アリアは深く頭を下げた。

「あなたのお気持ちを考えれば、本来ならば、もっと慎重に対応すべきだったと思います。この件について、王家の一員としてお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」

客間に静かな沈黙が流れた。

リリアは、ゆっくりと息を吸った。

「……アル。あなた、婚約を解消したいと陛下にお願いしていたの?」

アルヴィンは母のほうを向いた。

「うん。僕は、これまでの王家の対応に納得できなかったんだ」

「それは……どういうことなの?」

リリアの問いに、アルヴィンは少し考えてから答えた。

「僕はベルク王国の第一王子として、ノルディア王国に婿入りする立場だった。それなのに、僕に何の相談もなく、ミレア王女殿下と侯爵家の三男との婚約を進めていたんだ」

リリアは黙って息子の話に耳を傾けた。

「それだけじゃない。レグナード領が伯爵とその派閥に襲撃されたときも、王家の対応には納得できなかった。あれだけの事件を起こした相手に対して、罰が軽すぎると感じたんだ」

アルヴィンの声は穏やかだったが、その言葉には明確な不満が込められていた。

「僕の領地が襲われて、領民まで危険にさらされた。それなのに、王家からは僕や領地に対する配慮がほとんど感じられなかった」

アルヴィンは一度言葉を切った。

「だから、婚約解消を申し出たんだ。単に婚約をやめたかったわけじゃない。これまでの対応に対する不満と、僕への配慮があまりにも欠けていることへの遺憾の意を示したかった」

「……そうだったのね」

リリアは、ようやく事情を理解した。

息子は自分の立場や気持ちを無視し続ける王家に対し、これ以上は受け入れられないと意思を示したのだ。

それなのに、国王はその申し出を認めなかった。

リリアはアリアへ視線を戻した。

「王妃殿下。一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい。何なりと」

「アルヴィンが婚約解消を望んでいたことを、陛下はご存じだったのですよね?」

「……はい」

「それでも、認めていただけなかった。そういうことでよろしいのですね?」

アリアは、わずかに言葉に詰まった。

「その……婚約というものは、個人だけの問題ではございません。二つの国の間で交わされた約束でもあります。そのため、陛下としても簡単に解消を認めることは難しかったのだと思います」

「国同士の約束、ですか……」

リリアは静かに繰り返した。

アリアは言葉を選びながら、説明を続けた。

「もちろん、アルヴィン公爵のお気持ちを軽んじてよいということではありません。ただ、国同士の約束を守るという立場もあり……」

「そうですか」

リリアはそれ以上、言葉を重ねなかった。

声を荒らげることも、感情を露わにすることもなかった。しかし、その表情からは、先ほどまでの柔らかさが消えていた。

アルヴィンの立場を考えれば、不満を抱くのは当然だった。

ベルク王国の第一王子として婿入りする立場にありながら、相手であるミレア王女殿下と侯爵家の三男との婚約が、本人への相談もなく進められていた。

さらに、レグナード領が襲撃されたにもかかわらず、伯爵とその派閥への処罰は十分とは思えないものだった。

それなのに、王家はアルヴィンの申し出すら認めなかった。

(……結局、この子の気持ちは後回しなのね)

リリアの胸の奥で、冷たいものが広がっていく。

かつて暮らしていたベルク王国でも、立場や派閥、家同士の事情が優先されることがあった。


そして今、ノルディア王国でも同じようなことが起きている。

リリアの中で、ノルディア王家への不信感が少しずつ強まっていった。

一方、アルヴィンもまた、アリアの説明に納得してはいなかった。

(……国同士の約束、ね)

王族の婚約が、本人たちだけの問題ではないことくらい理解している。

だが、それならなおさら、最初から自分の立場も考慮すべきだったのではないか。

何の相談もなく別の婚約を進め、領地を襲撃した者たちへの処罰も不十分なまま。そして、自分が不満を示して婚約解消を申し出ても、それすら認めない。

あまりにも一方的だった。

アルヴィンはアリアを責め立てるつもりはなかった。彼女が今回、謝罪のために訪れたことも分かっている。

しかし、説明を聞いて納得できたかと問われれば、答えは否だった。

「……王妃殿下のお話は分かりました」

アルヴィンは静かに口を開いた。

「ただ、僕はこれまでの王家の対応に不満があったからこそ、婚約解消を申し出ました。自分の気持ちだけでなく、領地や領民を守る立場としても、納得できないことがあったんです」

「……はい」

アリアは申し訳なさそうに頷いた。

「それでも、僕の申し出は認めてもらえなかった。そこについては、今も残念に思っています」

「あなたのお気持ちは、もっともだと思います。だからこそ、私から直接お詫びしたいと考えたのです」

「分かりました。わざわざ足を運んでくださったことには感謝します」

アルヴィンは礼を述べた。

しかし、その表情はまだ硬いままだった。

アリアは、それ以上言葉を重ねることができなかった。

この場でどれだけ説明しても、過去の対応をなかったことにはできない。そして、アルヴィンが抱いている不満や失望を、簡単に解消できるわけでもなかった。

客間には、再び沈黙が落ちた。

窓の外からは、領地の人々が働く声や、風に揺れる木々の音がかすかに聞こえてくる。

穏やかな初夏の昼下がり。

けれど、この部屋の中には、簡単には埋められない溝が生まれていた。