転生したのでしょうがなく 087 敗北 | aitocolab ブログ 

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只の妄想を
アウトプット出来る時代に
感謝

全身が痛い。

アルヴィンは、激しい痛みによって意識を取り戻した。

身体を動かそうとしても、思うように力が入らない。

頭がぼんやりとして、何が起きているのかさえ、すぐには理解できなかった。

その時だった。

髪を乱暴につかまれ、頭を持ち上げられる。

「おいおい。こんなんで気絶してんじゃねえよ」

耳元から、下卑た声が聞こえた。

伯爵の兵に捕らえられてから、何度も殴られ、蹴られたのだろう。

顔は腫れ上がり、片目はかろうじて開けられる程度だった。

ぼやける視界の中、アルヴィンは周囲を見回した。

地面に倒れている騎士たち。

その中には、騎士団長の姿もあった。

彼らもまた、アルヴィンと同じように傷つき、満身創痍の状態で捕らえられていた。

そして、視線を上げた先に屋敷が見えた。

見たくなかった。

絶対に、見たくなかった光景があった。

ベアトリスたち武術侍女も捕らえられ、兵士たちに拘束されている。

彼女たちも、ひどく痛めつけられた様子だった。

「……ぁ……」

アルヴィンの口から、声にならない声が漏れた。

負けたのだ。

町を守れなかった。

騎士たちを守れなかった。

そして、大切な人たちを守れなかった。

目の奥が熱くなる。

止めようとしても、涙が頬を伝っていった。

その時、最も聞きたくない声が響いた。

「おい、まだ泣ける元気があるじゃねえか」

伯爵だった。

アルヴィンの腹部に、容赦のない蹴りが叩き込まれる。

「ぐはっ……!」

「手こずらせやがって、このガキが!」

再び蹴りが飛んでくる。

「ぐっ……!」

ボコッ、ボコッ。

何度も、何度も。

抵抗する力さえ残っていないアルヴィンに、伯爵は怒りをぶつけ続けた。

やがて、蹴り疲れたのか、伯爵は荒い息を吐いた。

アルヴィンの意識が、再び遠のき始める。

「おいおい、気絶するなよ!」

伯爵が顔をのぞき込んできた。

「これからがお楽しみなんだからなぁ」

醜い笑みを浮かべると、伯爵は屋敷へ向かって声を張り上げた。

「おーい! 大事な大事なアルヴィン坊っちゃんが、このままじゃ死んじまうぞ!」

屋敷の方を見上げ、さらに叫ぶ。

「早く出てこい! さもないと、こいつの指を一本ずつ切り落としていくからな!」

アルヴィンは必死に声を出そうとした。

やめろ。

出てくるな。

お願いだから、出てこないでくれ。

しかし、喉から漏れたのは、かすかなうめき声だけだった。

――こいつは……。

――リリア母様たちを、外へ出させようとしている。

伯爵の狙いに気づき、アルヴィンの心が凍りついた。

すると、伯爵が再び耳元に顔を寄せてきた。

「いいか。あいつらが出てきたら、お前の目の前でたっぷり楽しませてもらうぜ」

耳元で囁き、伯爵は笑った。

「その後は、兵士たちにも楽しませてやらねえとなぁ。最後には死んじまってるかもしれねえがな!」

「がはっ、がはははは!」

周囲の兵士たちからも、下品な笑い声が上がった。

アルヴィンは目を見開いた。

やめろ。

やめてくれ。

リリア母様。

ルシアン様。

セレスティア。

お願いだから、出てこないでくれ。

心の中で、何度も叫んだ。

しかし、しばらくすると屋敷の扉が開いた。

「……っ!」

リリアたちが出てきた。

ルシアンも、セレスティアも一緒だった。

「おやおや……」

伯爵の顔に、醜悪な笑みが浮かぶ。

「これはまた、美人揃いじゃないか」

周囲の兵士たちも、互いに顔を見合わせて笑い始めた。

「こいつは楽しみが増えたなぁ」

アルヴィンの身体が震えた。

違う。

そんな顔をしないでくれ。

お願いだから、誰もこちらへ来ないでくれ。

だが、伯爵はそんなアルヴィンの願いなど知るはずもなかった。

「お前ら、聞け!」

伯爵が兵士たちに命令する。

「この町が賊に襲われたように偽装しろ。屋敷にも火をつけて構わん!」

兵士たちが動き始める。

「それが終わったら、好きに楽しめばいい!」

そう言い放つと、伯爵は口元のよだれを拭い、リリアたちへと近づいていった。

リリアたちは兵士たちに羽交い締めにされ、抵抗できないように拘束されていた。

「母様……」

声にならない声が漏れた。

頭の中に、最悪の光景が浮かぶ。

母が泣き叫ぶ姿。

セレスティアが助けを求める姿。

ルシアンが必死に抵抗しても、どうにもならない姿。

見たくない。

考えたくない。

絶対に、現実にしてはいけない。

ダメだ。

ダメだ。

ダメだ。

アルヴィンの心の中で、何かが音を立てて崩れていった。

――俺の我儘だった。

――俺が、みんなを巻き込んだ。

自分の力を隠しながら、普通の人間として生きようとしてきた。

仲間とともに努力し、少しずつ領地を豊かにしていこうと考えていた。

それ自体は、間違いではなかったはずだ。

でも、その結果がこれなのか。

大切な人たちが傷つき、目の前で命の危険にさらされている。

もう、耐えられなかった。

これ以上は、許容できなかった。

だから――。

アルヴィンは、やめた。

普通の人間のフリをすることを。

震える指先を、必死に動かす。

視界の端に、ARの画面を呼び出した。

転生ポイント。

残りのポイント。

これまで、いつか必要になるかもしれないと考え、残してきた力。

そのすべてを、今ここで使う。

迷いはなかった。

もう、何も惜しくない。

リリア母様たちを守れるのなら。

大切な人たちを、これ以上傷つけさせないためなら。

すべてを差し出しても構わない。

アルヴィンの指が、ポイント使用の項目へと伸びた。

――頼む。

――間に合ってくれ。

その瞬間。

アルヴィンの中で、何かが切り替わった。

『アルヴィン様。ポイントの使用を確認しました。残存ポイントをすべて使用し、ご指定の強化を実行しますか?』

AIの声が頭の中に響いた。

「……ああ。全部使ってくれ」

『承知しました』

迷いはなかった。

『まず、身体能力の基礎値を、人間の到達可能な最高水準まで引き上げます』

『次に、魔力制御能力を強化。さらに、最大魔力量を増加させます』

『最後に、身体強化魔法のレベルを引き上げます』

「身体強化魔法のレベルアップ……」

『はい。レベルアップにより、魔法の出力上限が上昇します。大量の魔力を消費することで、一時的に人間の限界を超えた身体能力を発揮することも可能になります』

「それでいい……!」

『ただし、高出力での使用は魔力を急速に消耗します。また、現在の負傷状態で無理に使用すれば、身体に深刻な負担がかかる危険があります』

「構わない。今すぐ実行してくれ!」

『了解しました。残存ポイントをすべて使用します』

その瞬間。

身体の奥底で、何かが弾けた。

傷ついた身体に、熱が駆け巡る。

筋肉の動きが変わり、感覚が研ぎ澄まされていく。

先ほどまでぼやけていた視界が、少しずつ鮮明になった。

周囲の音まで、はっきりと聞こえる。

『身体能力の強化、魔力制御能力の強化、最大魔力量の増加が完了しました』

『身体強化魔法のレベルが上昇しました』

『残存ポイントはゼロです』

……これが、強化された身体。

だが、まだ足りない。

僕は、ゆっくりと息を吸った。

目の前では、伯爵がリリア母様たちに近づいている。

時間がない。

「AI……身体強化魔法を使う」

『アルヴィン様。レベルアップによって出力上限は上昇しましたが、高出力を維持できる時間は限られます』

「分かっている」

『魔力を使い果たせば、身体強化を維持できなくなります』

「それでもいい」

僕は、歯を食いしばった。

「母様たちを……助けるんだ」

身体の内側から、魔力を引き出す。

いつもなら、身体を補助する程度の魔力。

それを、さらに注ぎ込む。

もっと。

もっとだ。

レベルアップした身体強化魔法の出力を、限界まで引き上げる。

身体の奥から、凄まじい力が湧き上がってきた。

心臓の鼓動が激しくなる。

全身に力が満ち、地面を踏みしめる感覚さえ変わった。

視界に映る兵士たちの動きが、ひどく遅く感じられる。

いや、違う。

僕の身体が、それだけ速く反応できるようになったのだ。

『魔力消費が急増しています。高出力を維持できる時間は限られます』

「十分だ……!」

千人全員を相手にするつもりはない。

そんなことができるとは思っていない。

だが、目の前にいる敵を突破することなら。

母様たちを捕らえている兵士を引き離すことなら。

そして、すべての元凶である伯爵を止めることなら。

今の僕にも、できるかもしれない。

「……待っていろ」

僕は、顔を上げた。

伯爵は、まだ気づいていない。

自分の足元で、何が起きているのか。

僕が、どんな力を手に入れたのか。

ゆっくりと、指先に力を込める。

もう、震えてはいなかった。

恐怖が消えたわけではない。

怒りも、悲しみも、悔しさも、すべて胸の中に残っている。

それでも。

もう、誰にも手を出させない。

「母様……みんな……」

僕は、立ち上がった。

身体の痛みは、まだ消えていない。

それでも、足は地面を踏みしめていた。

「今、助けるから」

その声は、自分でも驚くほど静かだった。

そして、僕は伯爵を見据えた。

これまで隠してきた力を、もう隠すつもりはない。

残された時間は、限られている。

ならば、その一瞬にすべてを懸ける。

レベルアップした身体強化魔法を全身に巡らせ、僕は一歩を踏み出した。