今年も、ルシアンとセレスティアが領地を訪れた。
去年に続き訪ねてきてくれる二人は、アルヴィンにとって数少ない気を許せる相手だった。
ただ、今年は少し事情が違っていた。
二人は、アルヴィンの領地が大規模な賊の襲撃を受けたことを知っていたのだ。
「お二人とも、よくご存じですね」
アルヴィンがそう尋ねると、ルシアンは穏やかな笑みを浮かべた。
「それなりに耳に入ってくるものですよ。宮廷にいると、思いがけない情報が届くこともありますから」
「なるほど……」
アルヴィンは納得したように頷いた。
しかし、内心では少し不思議に思っていた。
自分から誰かに報告したわけではない。
領地の事件について、積極的に情報を広めているつもりもなかった。
それなのに、遠く離れた宮廷にまで話が伝わっている。
いったい、誰が知らせたのだろう。
もっとも、今は情報の出どころを考えても仕方がない。
アルヴィンは、ひとまずその疑問を胸の内にしまった。
一方、セレスティアはというと、アルヴィンの顔を見てほっとした様子だった。
「アルヴィン様がご無事で、本当によかったです」
「心配してくれたんだね。ありがとう」
「当然です」
そう答えるセレスティアだったが、少しすると、別の質問が飛び出した。
「それで……五百人もの賊を、どのようにして撃退されたのですか?」
「え?」
「いえ、その……もちろん、アルヴィン様のお怪我がなかったことが一番大切なのですが、やはり気になりまして」
セレスティアは、わずかに身を乗り出していた。
心配してくれているのは本当らしい。
けれど、それと同じくらい、どうやって五百人もの賊を倒したのかが気になるようだった。
アルヴィンは思わず苦笑した。
「その話は、あとでゆっくりするよ」
「はい。ぜひお願いします」
セレスティアは、嬉しそうに頷いた。
◇
今年、二人を迎える領地には、以前とは違う光景があった。
アルヴィンの母、リリア。
かつてから彼を支えてきたエレナ。
そして、ベアトリスをはじめとする武術侍女たち。
ベルク王国にいた頃には離れ離れだった大切な人たちが、今はこの屋敷に集まっている。
「紹介するよ。こちらが僕の母のリリア。そして、エレナとベアトリスたちだ」
「初めまして。アルヴィンがお世話になっております」
リリアが柔らかな笑顔で挨拶すると、ルシアンも丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、アルヴィン様にはいつもお世話になっております」
セレスティアも、リリアの前に進み出た。
「初めまして、リリア様。セレスティアと申します」
「まあ、あなたがセレスティアさんなのね。アルからお話は聞いているわ」
「本当ですか?」
セレスティアの表情がぱっと明るくなる。
「ええ。とても礼儀正しくて、しっかりしたお嬢さんだと聞いていたけれど、実際にお会いすると、もっと素敵な方ね」
「そ、そんな……ありがとうございます」
セレスティアは少し照れたように頬を染めた。
それから二人は、すぐに打ち解けた。
リリアが領地での暮らしについて話せば、セレスティアは興味深そうに耳を傾ける。
やがて話題はアルヴィンの幼い頃のことにまで及び、二人の間にはすっかり親しい雰囲気が生まれていた。
その様子を眺めながら、アルヴィンは少し不思議な気持ちになった。
「……もう仲良くなってる」
「リリア様は、どなたとでも自然に打ち解けられますからね」
隣にいたエレナが、微笑みながら答えた。
確かに、母ならあり得る話だ。
それに、セレスティアも年齢のわりに落ち着いているが、こうして母と話している姿を見ると、普通の女の子らしい一面も感じられた。
アルヴィンは、そんな二人を微笑ましく見守った。
◇
その日の午後。
ルシアンとアルヴィンは、屋敷の談話室で向かい合っていた。
話題は、やはり賊の襲撃についてだった。
アルヴィンは、襲撃の経緯から討伐までの流れを、話せる範囲で説明した。
「なるほど。五百人もの賊を相手に、領民に大きな被害を出さずに済んだのですね」
「幸い、こちらに死者は出ませんでした。ただ、怪我人はいましたし、捕らえた者たちの取り調べも続いています」
「その後の対応も、アルヴィン様ご自身で進めているのですか?」
「はい。まだ確認しなければならないことも多いので」
ルシアンは、感心したように頷いた。
「十二歳で、そこまで領地を治めているとは。改めて、アルヴィン様の手腕には驚かされます」
「いえ、周りの人たちが支えてくれているからです」
アルヴィンは素直に答えた。
自分一人の力で成し遂げたなどと思ってはいない。
騎士たちも、武術侍女たちも、領地を支える眷属たちも、それぞれが自分の役割を果たしてくれた。
だからこそ、領地を守ることができたのだ。
ルシアンは、そんなアルヴィンをしばらく見つめてから、静かに口を開いた。
「ですが、今回のような事件が今後も起こらないとは限りません」
「……そうですね」
「もし他の貴族との間で、何か厄介な問題が起きたときは、私を頼ってくださって構いません。できる限り力になりますよ」
「ありがとうございます」
アルヴィンは、ひとまず礼を述べた。
しかし、心の中では別のことを考えていた。
なぜ、ここまで親切にしてくれるのだろう。
ルシアンは宮廷に顔が利く人物だ。
そんな相手が、毎年わざわざ自分の領地を訪れ、何かあれば助けるとまで言ってくれる。
もちろん、ありがたい話ではある。
けれど、アルヴィンには、そこまでしてもらう理由が思い当たらなかった。
何か目的があるのだろうか。
それとも、単純に自分を気にかけてくれているだけなのか。
ルシアンの表情からは、特に怪しいところは見当たらない。
だからこそ、かえって判断が難しかった。
アルヴィンは、笑顔を崩さずに答えた。
「そのときは、相談させていただきます」
「ええ。いつでもどうぞ」
ルシアンは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
アルヴィンは、その笑顔を見ながら、やはり少し不思議な人だと思った。
◇
夕食後。
セレスティアは、アルヴィンともう少し話がしたいと申し出た。
二人は談話室に移り、落ち着いた時間を過ごしていた。
昼間はリリアと楽しそうに話していたセレスティアだったが、今はアルヴィンの隣に座り、どこか真剣な表情をしている。
「アルヴィン様」
「どうしたの?」
「先ほどのお話なのですが……」
「ああ、賊の襲撃のこと?」
セレスティアは頷いた。
「はい。アルヴィン様がご無事だったことは、本当に嬉しく思っています。でも……どれほど危険な目に遭われたのかと考えると、やはり心配で」
「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
アルヴィンは安心させるように微笑んだ。
それでも、セレスティアの表情は完全には晴れなかった。
アルヴィンは、少し考えてから尋ねた。
「……こういう話を聞くのは、怖くない?」
「怖い、ですか?」
「うん。五百人もの賊に襲われたとか、実際に戦いがあったとか。あまり楽しい話じゃないし、聞いていて不安にならないかなって」
アルヴィンとしては、セレスティアを怖がらせたくなかった。
自分にとっては領主として向き合わなければならない現実でも、彼女にまでそんな話をする必要があるのか、少し迷っていたのだ。
しかし、セレスティアはきょとんとした顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「そのようなことで怖がっていたら、貴族の娘はやっていけませんよ」
「……そうかなあ」
アルヴィンは、思わず首を傾げた。
貴族の娘というのは、ずいぶん大変らしい。
セレスティアは、そんなアルヴィンの反応を見て、少しだけ真面目な顔になった。
「そうです。家や家族を守るためには、多少は強くなければいけませんから」
「強く、か」
「はい」
セレスティアは、まっすぐアルヴィンを見つめた。
そして、ほんの少し頬を赤らめながら、続けた。
「ですから、もし私がアルヴィン様と結婚したら……一生、アルヴィン様のお側にいて、お守りします!」
「…………え?」
思いがけない言葉に、アルヴィンは固まった。
セレスティアは、はっとしたように目を瞬かせる。
「あっ……も、もちろん、もしもの話ですよ?」
そう言い添える彼女の頬は、先ほどよりも赤くなっていた。
アルヴィンは、しばらくセレスティアを見つめていた。
……いや、ちょっと待ってほしい。
可愛い顔をして、さらっとこんなことを言う。
しかも、照れながら「もしもの話です」なんて付け加えられたら、どう反応すればいいのか分からない。
これでは、勘違いする人だっているだろう。
アルヴィンは心の中で、そっとため息をついた。
(……セレスティアって、時々すごいことを言うよな)
もちろん、嫌な気持ちになったわけではない。
むしろ、そんなふうに自分のことを考えてくれるのは、素直に嬉しかった。
ただ、本人はどこまで本気で言っているのだろう。
アルヴィンは、赤くなったセレスティアの顔を見ながら、答えに困っていた。