すでにいくつかの部屋は完成し、
アルヴィンたちが打ち合わせに使える
会議室も整っている。
その日、アルヴィンは数人の侍女たちを集め、今後の領地運営について話し合うことにした。
「それじゃあ、まずは領地の
調査結果から聞かせてくれる?」
アルヴィンが声をかけると、
一人の侍女が一歩前に出た。
「はい。領内の地形や水源、街道の位置などを調査した結果、町を新たに建設するのであれば、ローデンとは別の場所が適していると分かりました」
「へえ、どんな場所なの?」
「十分な広さの平地があり、水源も確保できます。また、周囲の地形を利用すれば防衛もしやすく、町全体の区画を計画的に整備することも可能です」
「防衛もしやすいんだ。それはいいね」
アルヴィンは会議室の机に
広げられた地図を覗き込んだ。
「この辺りかな?」
「はい。こちらが候補地になります」
侍女が指し示した場所を、アルヴィンはしばらく眺めた。
「なるほど。確かに、これなら宿屋やお店を増やしても、土地に余裕がありそうだね」
「ローデンよりも、
将来的な拡張には向いていると思われます」
「だったら、そこに新しい町を作る方向で
考えようか」
「新しい町、ですか?」
「うん。せっかく二つの国を結ぶ街道が通っているんだから、旅人や商人が安心して立ち寄れる場所にしたいんだ」
アルヴィンは地図を指でなぞりながら、自分の考えを説明した。
「宿屋や食事のできるお店を増やして、ゆっくり休める町にする。荷物を運ぶ商人も、長い旅の途中で休める場所があったら助かると思うんだ」
「確かに、この街道を利用する人々にとっては便利な場所になりそうですね」
別の侍女も地図を覗き込みながら頷いた。
「それに、町が発展すれば、働く場所も増やせるよね」
「はい。宿屋や飲食店だけでなく、商店や職人の工房なども必要になるでしょう」
「そうそう。そういうお店が集まれば、町も賑やかになりそうだね」
アルヴィンは楽しそうに笑った。
ただ宿泊施設や店を並べるだけではなく、
訪れる理由のある町にしたい。
それがアルヴィンの考えだった。
「できれば、温泉もあるといいよね」
「温泉でございますか?」
侍女の一人が、少し意外そうな顔をした。
「そう。旅の疲れを癒やせる温泉があれば、わざわざ遠くから来てくれる人もいるかもしれない」
「確かに、温泉を目的に訪れる方もいらっしゃるでしょうね」
「ただ、温泉があるとは限らないからね。まずは、候補地の周辺に温泉がないか調べてもらえるかな?」
「承知しました。地形や水脈についても、改めて詳しく調査いたします」
「ありがとう。温泉が見つからなかったら、そのときは別の方法を考えよう」
アルヴィンは地図から顔を上げた。
「町を作るなら、最初からきちんと計画したいんだ。あとから問題が出て、何度も作り直すのは大変だからね」
「その通りですね。水の確保や道路の整備についても、建設前に十分な検討が必要です」
「うん。そこは専門的なことも多いだろうから、みんなの意見を聞きながら進めたいな」
「私たちも、できる限りお手伝いいたします」
侍女たちの言葉に、アルヴィンは嬉しそうに頷いた。
「それと、ローデンについては、
今すぐどうするか決めるつもりはないよ」
アルヴィンは改めて地図に目を落とした。
「新しい町ができたら、街道沿いの宿場としての役割を、少しずつそちらに移していくことになると思う。でも、ローデンにも今暮らしている人たちがいるからね」
「現在の住民や商人への影響も考える必要がございますね」
「そうだね。新しい町を発展させるためだからって、今あるお店が困るようなことはしたくないんだ」
アルヴィンは少し考えてから続けた。
「新しい町ができてから、ローデンにどんな役割を持たせるのがいいか考えよう。今あるお店や住民のことも、ちゃんと考えないとね」
「かしこまりました。ローデンの現状についても、引き続き調査しておきます」
「うん、お願いね」
アルヴィンは一度話を区切り、次の報告を促した。
「それじゃあ、次は治安について教えてくれる?」
別の侍女が前に出た。
「はい。調査を進めたところ、代官が盗賊たちと関係を持っている可能性が高いことが分かりました」
「盗賊と?」
アルヴィンの表情がわずかに険しくなった。
「はい。密輸の手助けや盗賊の潜伏場所の提供、さらには彼らが起こした犯罪を見逃すような行為にも関与しているようです」
「……やっぱり、あの代官は信用できないね」
以前から不審な点はあった。
町の様子を見れば、治安が悪いことは明らかだったし、領主としての仕事をまともにしているようにも思えなかった。
しかし、盗賊とまでつながっているとなれば話は別だ。
「町で見かけた、あのガラの悪い人たちも関係しているのかな?」
「その可能性はございます。ただし、全員が盗賊というわけではありません。盗賊とつながりのある者や協力者がいる一方で、普通に暮らしている住民もおります」
「そっか……。見た目だけで決めつけるわけにもいかないね」
「はい。確かな証拠を集め、個別に確認する必要があると考えます」
アルヴィンは腕を組んだ。
正直なところ、すぐにでも代官を捕らえ、盗賊たちを一掃したい。
だが、それでは問題が起きる可能性もあった。
新しい領主がやって来た途端、領内の人間を次々と捕らえ始めたら、周囲からはどう見えるだろうか。
盗賊と関係のない住民まで巻き込めば、領主への不信感も生まれる。
それに、代官を排除するにしても、領地の行政を止めるわけにはいかない。
「すぐに全員を捕まえるのは、ちょっと難しいね」
「アルヴィン様としては、慎重に進めたいということでしょうか?」
「うん。悪いことをしている人たちは捕まえたいけど、関係ない人まで巻き込みたくないからね」
アルヴィンは少し考えてから、地図の街道部分を指さした。
「まずは、少しずつ逃げ道をなくしていこうと思う」
「具体的には、どのような対策をお考えでしょうか?」
「まず、領内と街道の巡回を増やそう。騎士たちには定期的に見回りをしてもらって、盗賊が好き勝手に動けない環境を作るんだ」
「巡回の頻度を増やせば、不審な動きにも気づきやすくなりますね」
「そうだね。街道が安全になれば、商人や旅人も安心して通れるようになるし」
新しい町を発展させるためにも、街道の安全は欠かせない。
アルヴィンは続けて、検問所のある場所を指さした。
「それから、出入り口の検問も見直したい。今の担当者に不正がないか調べて、必要なら配置を変える」
「現在の兵士たちについては、いかがいたしましょう?」
「全員を疑う必要はないよ。真面目に仕事をしている人まで追い出したら、それこそ困るからね」
アルヴィンは少し考えてから続けた。
「不正に関わっている人は、証拠を集めてから配置換えや解任を進めよう。代わりに、信頼できる眷属や、今いる兵士の中でも誠実な人たちを配置するんだ」
「一度にすべてを入れ替えるのではなく、問題のある部分から改善していくのですね」
「うん。その方が混乱も少ないと思う」
「検問の方法についても、
見直しが必要でしょうか?」
「そうだね。ただ、厳しくすればいいってものでもないよ。普通の商人や旅人まで困らせたら、町や領地の発展に悪影響が出るからね」
アルヴィンは、少し困ったように首を傾げた。
「不正は見つけやすくしたいけど、通るたびに長い時間待たされるのも嫌でしょ?」
「確かに、確認に時間がかかりすぎれば、
商人たちの負担になりますね」
「だから、必要な確認はきちんとしながら、
手間を減らす方法も考えてほしいんだ」
「承知しました。通行記録や荷物の確認方法について、改善案をまとめます」
「ありがとう。あとは、代官と盗賊の関係について、もっと詳しく調べてほしい。誰が何をしているのか、どんな証拠があるのか。そこをはっきりさせたいんだ」
「かしこまりました。関係者の動きや、これまでの不審な取引についても調べてまいります」
「うん。焦る必要はないよ。二年、三年かけるつもりで、確実に進めていこう」
もちろん、何もせずに時間をかけるわけではない。
巡回を増やし、検問を改善し、住民の声を聞きながら、少しずつ不正の根を断っていく。
そして、十分な証拠が集まったところで、
代官と盗賊たちを追及する。
それが、今のアルヴィンにできる
現実的な方法だった。
「領地を良くするには、町を作るだけじゃ駄目なんだね」
アルヴィンは小さく息を吐いた。
「安心して暮らせる場所にしないと、人もお店も集まってくれないから」
「おっしゃる通りです。暮らしの安全があってこそ、商売も発展していくのでしょう」
「それに、住んでいる人たちにも、この領地に来てよかったって思ってほしいしね」
アルヴィンの言葉に、侍女たちは顔を見合わせて微笑んだ。
「そのためにも、私たちがお支えいたします」
「うん。みんな、力を貸してね」
「「「かしこまりました」」」
侍女たちの返事を聞き、アルヴィンは満足そうに頷いた。
新しい町の建設も、治安の改善も、一朝一夕で成し遂げられるものではない。
まだ始まったばかりの領地経営。
これから先、思い通りに
いかないこともあるだろう。
それでも、焦らず、着実に。
アルヴィンは自分の領地を、自分の手で少しずつ良くしていこうと考えていた。