転生したのでしょうがなく 051 別れ | aitocolab ブログ 

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只の妄想を
アウトプット出来る時代に
感謝



ノルディアへ向かうにあたって、俺は大きな決断をした。

リリア母様と別れることだ。

本当は、一緒についてきてほしかった。

これから先、何が起こるか分からない。
知らない土地で、頼れる人も少ない生活が始まるのだ。

そんなとき、リリア母様がそばにいてくれたら、どれほど心強いだろう。

けれど、王家はそれを許さなかった。

俺も、最終的にはそのほうがいいのだと思っていた。

俺が与えられた領地は、ノルディアとの国境近くにある土地だった。

そこには、国境を越える商人や旅人が宿泊するための宿がいくつかある、小さな町があった。

一見すれば、静かな土地なのかもしれない。

しかし、国境に近いということは、それだけ危険も多いということだ。

モンスターの脅威もあれば、旅人や商人を狙う盗賊もいる。

治安を整え、領地を発展させていくには、それなりの時間と労力が必要になるだろう。

そんな場所に、リリア母様を連れていくわけにはいかなかった。

何より、俺のせいで母様まで危険な目に遭わせたくなかった。

だから、別れるしかなかった。

それでも、リリア母様は諦めなかった。

「アルと一緒に行かせてください!」

何度も王家の人間に掛け合い、どうにか同行できないかと必死に訴えた。

俺も、その姿を見るたびに胸が苦しくなった。

「母様……」

「お願いです。あの子は、まだ幼いのです。これから知らない土地へ行くというのに、どうして私まで引き離されなければならないのですか?」

その言葉には、母様の悲痛な思いが込められていた。

けれど、誰も耳を貸してはくれなかった。

王家の決定は覆らない。

どれだけ訴えても、結果は変わらなかった。

母様は最後まで諦めようとしなかったが、やがて自分の願いが届かないことを理解した。

俺にできることも、もう残されていなかった。

だからこそ、せめて残された時間だけは、母様と一緒に過ごそうと思った。

久しぶりに、母様と一緒に眠った。

幼い頃のように隣に横になり、他愛のない話をした。

昔の思い出話をしたり、ノルディアに行ったら何をしようかと話したり。

母様は、俺を心配させないように、できるだけ明るく振る舞っていた。

けれど、ときどき会話が途切れる。

そのたびに、俺たちは同じことを考えていたのだと思う。

もうすぐ、離れ離れになる。

「アル……向こうで、ちゃんとご飯を食べるのよ?」

「うん」

「体調が悪くなったら、我慢しないですぐに休むのよ?」

「分かってるよ、母様」

「それから、寂しくなったら……」

そこまで言って、母様は言葉を止めた。

「……ごめんなさい。こんなことばかり言って」

母様は笑おうとしていた。

でも、その表情は今にも泣き出しそうだった。

「母様」

俺は、そっと母様の手を握った。

「俺、大丈夫だから」

「……うん」

「ちゃんと頑張るよ。だから、そんな顔しないで」

本当は、俺だって寂しかった。

この世界に生まれてから、ずっとそばにいてくれた人だ。

母様がいたから、王宮での生活にも耐えられた。

母様がいたから、何度も前を向くことができた。

それなのに、これからは一緒にいられない。

まだ子供の俺には、あまりにも大きな別れだった。

それでも、母様を困らせたくなかった。

だから俺は、笑った。

母様も、笑ってくれた。

けれど、その夜はいつまでも眠れなかった。

せめて今だけは。

もう少しだけ、この温もりを感じていたかった。

---

そして、もう一人。

エレナとも別れることになった。

「私も、アルヴィン様についていきます」

そう言ったエレナに、俺は首を横に振った。

「……ごめん。エレナは連れていけない」

「どうしてですか?」

即座に返ってきた言葉には、戸惑いと焦りが混じっていた。

「私は、アルヴィン様の侍女です。どこへ行かれようと、おそばでお仕えするつもりです」

「分かってる」

「でしたら……!」

「エレナ」

俺は、彼女の言葉を遮った。

「母様のそばにいてほしいんだ」

その瞬間、エレナの表情が変わった。

まるで、目の前が真っ暗になったかのような顔だった。

俺が一緒に来てほしくないと言ったこと。

それが、彼女にとってどれほどつらいことなのか、痛いほど伝わってきた。

「……私では、ついていくことは許されないのでしょうか」

「そうじゃない」

俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。

「本当は、エレナにもついてきてほしい。これから先、俺がどんな目に遭うか分からないし、知っている人がそばにいてくれたら心強いから」

「でしたら……!」

「でも、母様にはエレナが必要なんだ」

エレナは、唇を噛んだ。

「母様は、俺がいなくなったら一人になってしまう」

もちろん、母様の周りには侍女もいる。

それでも、俺がいなくなることで、母様の心に大きな穴が空くことは間違いなかった。

王家の決定に逆らうこともできず、息子と離れ離れになる。

そんな母様を、俺は一人にしたくなかった。

「エレナは、俺が一番信頼している人の一人だ。だからこそ、お願いしたいんだ」

「……」

「俺の代わりに、母様を支えてほしい」

エレナの目に、涙が浮かんだ。

「そんなお願い……ずるいです」

「うん。ごめん」

「アルヴィン様は、いつもそうです……」

涙が頬を伝う。

「私が、どれだけおそばにいたいと思っているか……ご存じでしょう?」

「……うん」

「それなのに、どうして……」

最後まで言葉にできず、エレナは顔を伏せた。

俺だって、こんなことを頼みたくはなかった。

一緒に来てほしい。

これからも、そばにいてほしい。

そう言ってしまえば、どれほど楽だっただろう。

けれど、それでは母様が一人になってしまう。

俺には、エレナにしか頼めないことがあった。

「お願いだ、エレナ」

俺は、もう一度頭を下げた。

「母様を守ってほしい。俺がいない間、母様のことを頼む」

長い沈黙のあと。

エレナは、涙を拭いながら、小さく頷いた。

「……分かりました」

その声は震えていた。

「アルヴィン様のお願いですから……お受けします」

「ありがとう」

「ですが……」

エレナは、涙で濡れた目で俺を見つめた。

「どうか、ご無事でいてください」

「うん。約束する」

本当は、そんな約束ができるほど、これからの未来が分かっているわけではない。

それでも、俺はそう答えるしかなかった。

エレナは最後にもう一度、深く頭を下げた。

その肩は、小さく震えていた。

---

ベアトリスたち、武術侍女とも別れることになった。

彼女たちは、俺のために雇われていた人たちだ。

しかし、雇用主は俺ではない。

王家だった。

俺がノルディアへ移るからといって、彼女たちまで一緒に連れていけるわけではなかった。

それどころか、ベアトリスたちは実家からも厳しいことを言われていたらしい。

俺についていくのなら、勘当する。

そこまで言われている者もいた。

「……そうか」

話を聞いた俺は、思わず言葉を失った。

彼女たちは、俺のために剣を振るい、厳しい訓練に付き合ってくれた。

ときには、俺の無茶な要求にも応えてくれた。

一緒に過ごした時間は、決して短くない。

それなのに、俺が王命によってノルディアへ行くことになっただけで、こんなにも簡単に別れなければならないのか。

やりきれなかった。

俺がもっと強い立場にいれば。

俺に、誰にも文句を言わせないだけの権力があれば。

彼女たちを連れていくことだって、できたのかもしれない。

けれど、今の俺には何もできなかった。

悔しかった。

自分の無力さが、何よりも腹立たしかった。

別れの日。

俺は、集まってくれた武術侍女たちの前に立った。

ベアトリスも、その中にいた。

「みんな、今まで本当にありがとう」

そう言うと、何人かが顔を伏せた。

「皆さんと過ごした時間は、とても楽しかったです。剣の訓練も、何気ない会話も……俺にとって、大切な思い出です」

言葉にしてみると、改めて別れを実感した。

もう、みんなと一緒に訓練することはない。

くだらない話で笑い合うことも、厳しい指導を受けることもない。

そう思うと、胸の奥が締めつけられた。

「今まで、本当にありがとう」

俺は、深く頭を下げた。

「アルヴィン様……」

誰かが、小さく声を漏らした。

「どうして、こんなことに……」

別の侍女が、悔しそうに呟いた。

「殿下が何か悪いことをなさったわけでもないのに……」

「王家の決定だからって、何もかも一方的すぎます」

不満を口にする声が、ぽつぽつと聞こえてきた。

俺は、思わず顔を上げた。

王家に対して不満を抱いてくれる人がいる。

俺のために、悔しいと思ってくれる人がいる。

それが、少しだけ嬉しかった。

もちろん、彼女たちに不利益が及ぶようなことは望んでいない。

だからこそ、俺は静かに告げた。

「みんなの気持ちは嬉しいよ。でも、無理はしないでほしい」

彼女たちは、何も言わずに俺を見つめていた。

「それと……最後に、一つだけお願いがあるんだ」

俺は、リリア母様のほうへ視線を向けた。

「できることなら、母様のそばにいてあげてほしい」

武術侍女たちの表情が変わった。

「俺がいなくなったあと、母様は寂しい思いをすると思う。だから、皆には母様を支えてほしいんだ」

それは、俺が彼女たちにできる最後のお願いだった。

「……分かりました、殿下」

ベアトリスが、一歩前に出た。

「リリア様のことは、私たちにお任せください」

その言葉に、他の侍女たちも頷いた。

「必ず、お守りします」

「殿下が安心して旅立てるよう、リリア様をお支えします」

俺は、もう一度頭を下げた。

「ありがとう。本当に、ありがとう」

これで、決まった。

俺についてきてくれる人は、一人もいない。

リリア母様も、エレナも、ベアトリスたちも。

みんな、この場所に残る。

これから先、俺は一人でノルディアへ向かうのだ。

もちろん、向こうへ行けば、新しい人々との出会いもあるだろう。

領地を治めるために、仲間を集める必要もある。

いつまでも、別れを悲しんでいるわけにはいかない。

頭では分かっていた。

それでも。

やっぱり、寂しかった。

こんな別れ方をしたくはなかった。

みんなと、もっと一緒にいたかった。

リリア母様と、これからも暮らしていたかった。

エレナには、そばで支えてほしかった。

ベアトリスたちとも、いつか笑いながら訓練を続けたかった。

それなのに、俺の意思とは関係なく、すべてが引き離されていく。

王命だから。

貴族の都合だから。

そう言われれば、俺には何もできない。

「……くそっ」

誰にも聞こえないほど小さく、俺は呟いた。

悔しかった。

悲しかった。

そして、腹が立った。

この世界では、子供である俺の気持ちなど、何の意味も持たないのだろうか。

俺の人生なのに。

俺の大切な人たちなのに。

どうして、自分の望む未来を、自分で選ぶことすらできないのだろう。

拳を握りしめる。

今は、何もできない。

けれど、いつか。

いつか、自分の大切な人たちを、自分の意思で守れるようになりたい。

誰かの都合で、大切な人と引き離されることのないように。

そんな未来を、自分の手でつかみ取りたい。

そう思いながら、俺は別れの時間を終えた。

そして、ノルディアへ向かう日が近づいていた。