転生したのでしょうがなく 049 王命 | aitocolab ブログ 

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只の妄想を
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感謝

王命

国王から、アルヴィンに呼び出しがかかった。

今世で初めてのことだった。

そもそも、国王とまともに話したことがない。

王宮で見かけることはあっても、言葉を交わしたことは一度もなかった。

父親という感覚など、まったくない。

そんな相手から、突然の呼び出し。

「……俺、何かやらかしたか?」

思い返してみても、特に心当たりはない。

勉強も、剣術も、礼儀作法も、それなりにこなしている。

少なくとも、国王から直接呼び出されるような失敗をした覚えはなかった。

それでも、不安は消えない。

何を言われるのか。

何を命じられるのか。

そんな思いを抱えたまま、アルヴィンは指定された日を迎えた。

そして、王宮の大広間へと足を踏み入れる。

そこは、大勢の貴族が一堂に会することのできる広大な部屋だった。

正面には一段高くなった壇上があり、その中央には、いかにも王が座るためのものといった豪華な玉座が置かれている。

アルヴィンは玉座の手前まで進むと、一段下の床にひざまずいた。

部屋の両脇には、身分の高い貴族たちが並んでいる。

宮廷貴族や大臣など、国の中枢を担う者たちだ。

壇上には、王妃ルイーゼと第二、第三夫人。

そして、先王妃ロザリーの姿もあった。

さらに、その場にはアルヴィンの母、リリアもいる。

一体、何が始まるというのだろう。

アルヴィンが頭を垂れたまま待っていると、やがて声が響いた。

「国王陛下、ご入場!」

その声を合図に、足音が近づいてくる。

国王が入室し、ゆっくりと壇上へ上がった。

そして、何のためらいもなく玉座へと腰を下ろす。

「面を上げよ」

アルヴィンはゆっくりと顔を上げた。

そして、生まれて初めて、国王の顔を正面から見た。

そこにいたのは、間違いなく自分の父親であるはずの男だった。

しかし、アルヴィンにとっては、ただの国王でしかなかった。

「アルヴィン・ベルク」

国王が、こちらを見据える。

「王命を言い渡す」

一体、何を命じられるのか。

そう考える間もなく、国王は淡々と告げた。

「お主は、ノルディア王国第一王女、ミレア・ノルディアのもとへ嫁ぐことを命じる」

「……は?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。

「速やかに準備を整え、ノルディアへ向かうがよい」

国王は、それだけを言い切った。

――はああああああ!?

何が起きたのか、理解できなかった。

いきなり何を言っているんだ、こいつは。

嫁ぐ?

ノルディアへ?

ミレアのもとへ?

いや、待て。

どういうことだ?

これまでの話では、ミレアがベルク王国へ嫁いでくるはずだった。

それが、なぜ突然、自分がノルディアへ行くことになったのか。

何の説明もない。

何の相談もない。

ただ、一方的に命令された。

驚き、呆れ、そして遅れて湧き上がってくる怒り。

いくら王族とはいえ、こんなことが許されるのか。

自分の人生に関わる重大な決定を、本人の意思も聞かずに決めてしまう。

流石に、黙って従うわけにはいかない。

アルヴィンが口を開こうとした、そのときだった。

「少々、お待ちください!」

別の声が、大広間に響き渡った。

リリアだった。

アルヴィンは、思わず母の方へ目を向ける。

そこにいたのは、今まで見たことのない母の姿だった。

いつも優しく、穏やかなリリア。

そんな彼女が、今は明らかな怒りを顔に浮かべていた。

「アルヴィンとミレア姫の婚約は、ミレア姫がこちらへ嫁いでくるというお話でまとまっていたはずです」

リリアは、国王をまっすぐに見据えた。

「それなのに、なぜ突然、アルヴィンをノルディアへ送り出すというお話になるのでしょうか?」

その声には、母としての怒りがにじんでいた。

しかし、返事をしたのは国王ではなかった。

「リリアさん」

先王妃ロザリーが、静かに口を挟む。

「国王陛下のお話を遮るとは、何事ですか?」

冷たい視線が、リリアへ向けられた。

「いつから、そんなに偉くなったのかしら?」

「……っ」

リリアの表情が、わずかに強張る。

それでも、彼女は引き下がらなかった。

「ですが、私にも事前にお話しいただいてよかったのではありませんか?」

ロザリーは、リリアを見下ろすようにして答えた。

「あなたは側妃です。王家の決定に、何でも口を出せる立場ではありません」

その言葉は、リリアの立場をはっきりと区別するものだった。

アルヴィンは、母と先王妃を交互に見た。

――何だ、この状況は。

リリア母様も、何も知らなかったのか?

それなら、これは一体どういうことなんだ?

国王は、リリアの言葉を聞いても表情一つ変えなかった。

「すでにノルディア王国とは話をつけてある」

そして、まるで事務的な報告でもするかのように続けた。

「アルヴィンには、公爵の爵位を与える」

「……公爵?」

「ベルク王国とノルディア王国の国境付近にある街も与える。それについても、両国の了承を得ている」

国王は、そこで一度言葉を切った。

まるで、これだけの待遇を用意したのだから、文句などないだろうと言わんばかりだった。

「王族としての立場を失うわけではない。公爵の地位と領地まで与えるのだ。不満を言う理由もあるまい」

その口ぶりからは、アルヴィンへの配慮など感じられなかった。

国王にとって、アルヴィンはたまたま生まれた王子にすぎないのだろう。

王妃の息子であるレオンが後継者となる。

それは、最初から決まっている当然のこと。

アルヴィンが王位を継ぐ可能性など、そもそも真剣に考えていない。

だからこそ、本人への事前の相談もなければ、納得させるための説明もない。

公爵位と領地を与えてやった。

それで十分だ。

むしろ、感謝してもよいくらいだ。

国王の態度からは、そんな考えが透けて見えた。

「速やかにノルディアへの移動準備に取りかかれ」

国王は、それだけ言い残すと玉座から立ち上がった。

そして、何事もなかったかのように大広間を退出していった。

「…………」

誰も、声を発しなかった。

両脇に並んでいた貴族たちも、明らかに驚いている。

まさか、第一王子を国外へ送り出すことになるとは、彼らも予想していなかったのだろう。

しかし、国王が決定を下した以上、誰も簡単には口を挟めない。

大広間には、重苦しい沈黙が流れていた。

その中で、壇上に立つリリアだけは違った。

彼女は、王妃ルイーゼと先王妃ロザリーを睨みつけていた。

「ロザリー様……これは、どういうことなのですか?」

声が震えていた。

怒りだけではない。

困惑と、悲しみと、何よりも息子を案じる気持ちが混ざり合っていた。

「いくら側妃の子供だからといって、こんな扱いはあんまりではありませんか?」

リリアは、必死に言葉を続けた。

「アルヴィンが王位を継げないというのであれば、それでも構いません」

本心では、そんな簡単に割り切れるわけがない。

それでも、王位だけがすべてではない。

国内の領地を任せることだってできる。

王族として、この国のために働く道はいくらでもあるはずだった。

それなのに。

なぜ、他国へ嫁がせなければならないのか。

あまりにも不自然だった。

政治的な思惑があることくらい、リリアにもわかる。

しかし、具体的に何を考えているのかまでは分からない。

なぜアルヴィンなのか。

なぜ、今なのか。

なぜ、ここまで急いで国外へ出そうとするのか。

何一つ、説明されていないのだ。

「ロザリー様。アルヴィンは優秀です」

リリアは、訴えるように言った。

「この国のために働ける子です。どうか、もう一度お考え直しください」

しかし、ロザリーの表情は変わらなかった。

「口出しは無用です」

その声は、冷たかった。

「これは、国の安定のために必要な決定です。すでに決まったことを、今さら覆すつもりはありません」

ロザリーにとって、アルヴィンは特別に愛着のある孫ではなかった。

優秀であることは認めている。

だが、それとこれとは別の話だ。

王位継承を巡って国内が割れる可能性があるのなら、芽を摘んでおく。

たとえ本人に悪意がなくとも、優秀な王子の存在そのものが、次の王を脅かすこともある。

レオンが王位を継ぎ、国が安定する。

それこそが、ロザリーにとって優先すべきことだった。

アルヴィン個人の気持ちを考慮する必要はない。

そう判断していた。

「……っ」

リリアは、唇を噛んだ。

何を言っても無駄なのだと、理解し始めていた。

それでも、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。

ここで黙ってしまえば、本当にアルヴィンを失うことになる。

「どうか……どうか、考え直してください」

しかし、ロザリーはそれ以上、話を聞こうとはしなかった。

「もう決まったことです」

そう言い残すと、ロザリーもまた、大広間を退出していった。

その場に残されたルイーゼは、二人のやり取りを苦しげに見つめていた。

アルヴィンの資質は、彼女自身も認めている。

少し前に言葉を交わしたとき、彼がどれほど物事をよく考え、人の気持ちを理解できる少年なのかを知った。

王の器を持っている。

そう感じたことも、一度や二度ではない。

それでも、彼女にはレオンも大切な息子だった。

母として、息子を守りたい。

王妃として、王家を守りたい。

そして、国が争いによって傷つくことも避けたい。

そのために、アルヴィンを犠牲にする。

きっと、彼は自分を恨むだろう。

当然だ。

何も悪いことをしていない少年の未来を、自分たちの都合で奪うのだから。

それでも、ルイーゼは何も言えなかった。

苦しげに視線を落とし、ただその場に立ち尽くしていた。

アルヴィンは、そんなルイーゼの様子にも気づいていた。

少し前に会ったときには、悪い印象を抱かなかった相手だ。

むしろ、好感を持っていた。

それなのに、今は何も言わない。

彼女にも、何か事情があるのかもしれない。

だが、それを知る術はなかった。

そもそも、誰も説明してくれないのだ。

国王は、自分を国外へ出すと決めた。

先王妃は、それを国のためだと言い切った。

王妃は苦しそうにしているが、何も言わない。

一体、何の思惑があるのか。

自分を追い出すことで、誰が何を得るのか。

レオンを王位につけるためなのか。

王家の安定のためなのか。

それとも、ほかに何か理由があるのか。

アルヴィンには、何も分からなかった。

分かるのは、自分の人生が、本人の知らないところで勝手に決められたということだけだった。

やがて、リリアがアルヴィンのもとへ駆け寄ってきた。

「アル……」

母の顔には、悔しさと悲しみが浮かんでいた。

アルヴィンは、そんな母を見て、胸の奥が締めつけられるような思いを抱いた。

母まで、こんな顔をさせられている。

自分が王位を望んでいたわけではない。

この国で普通に暮らし、自分の領地を持ち、大切な人たちと幸せに生きていく。

それで十分だった。

それなのに、なぜこんなことになったのか。

前世を含めて、初めてだった。

人に対して、明確な殺意が芽生えたのは。

国王。

先王妃。

そして、王妃。

少し前に会ったときには、ルイーゼに良い印象を抱いていた。

だが、今は違う。

国王は、自分の人生を勝手に決めた。

先王妃は、自分を国のための駒として扱った。

王妃は、苦しんでいるように見えても、結局は何も言わなかった。

それぞれに事情があるのかもしれない。

自分には分からない政治的な思惑があるのかもしれない。

それでも、説明すらせず、一方的に命令してよい理由にはならない。

――こいつらは、敵だ。

血がつながっていようが、同じ王家の人間だろうが、関係ない。

自分を家族として扱わない相手を、こちらだけが家族だと思う必要などない。

アルヴィンは、王妃と先王妃が退出していった方向を、殺意を込めて睨みつけた。

その瞳には、もう家族に向ける感情など、一片も残っていなかった。