セリーナの屋敷では、5人の令嬢が
お茶会を開いていた。
集まったのは、ノエル、セリーナ、フィオナ、クラリス、カレンの5人。
同年代の令嬢たちだが、こうして全員が
顔を揃える機会は意外と少ない。
最後に5人が揃ったのは、5歳の頃に開かれた顔合わせのパーティーだった。
あれから4年。
9歳になった彼女たちは、それぞれ成長し、
すでに全員が婚約者を持つ身となっていた。
「ノエル、アルヴィン殿下との婚約、
おめでとうございます」
セリーナが微笑みながら祝福する。
「ありがとう、セリーナ嬢」
「私からも、おめでとう。王子殿下との婚約なんて、すごいわね」
フィオナも嬉しそうに言った。
「おめでとうございます、ノエル嬢」
クラリスも続く。
「ありがとう。皆さんにそう言っていただけると嬉しいわ」
ノエルは微笑んで答えた。
すると、カレンが少し首を傾げた。
「でも……本当にアルヴィン殿下でよかったの?」
「どういう意味かしら?」
ノエルが尋ね返す。
「だって、レオン殿下から聞いた話では、
アルヴィン殿下は少し
変わった方なのでしょう?
婚約者として、
苦労することもあるんじゃないかしら」
その言葉に、ノエルの笑顔がわずかに固まった。
レオン殿下がアルのことを、あまり良く思っていないのは知っている。
けれど、実際に接してきたノエルからすれば、納得できない話だった。
「アルヴィン殿下は、とてもお優しい方よ」
ノエルは落ち着いた声で答えた。
「それに、私だけではなく、お母様にも素敵な贈り物をくださったの」
「贈り物?」
フィオナが興味を示す。
「ええ。殿下が考案された装飾品なの。私とお母様だけでなく、リリア様やミレア様、そのお母様にも贈られたそうよ」
「まあ、そうなの?」
「最近、そのお話は社交界でも
話題になっているわね」
セリーナも頷いた。
アルヴィン殿下が考えた装飾品。
それは貴族の婦人たちの間でも
評判になっており、
贈られた相手の話題とともに広まっていた。
しかし、カレンはあまり
感心していない様子だった。
「でも、子供のくせにアクセサリーを贈るなんて、少し早すぎるんじゃないかしら?」
その言葉に、ノエルの眉がわずかに動いた。
「早すぎる、とは?」
「だって、まだ9歳でしょう? 大人の男性が女性に贈るようなものを、子供が考えて贈るなんて……。少しませているというか、普通ではないと思うのだけれど」
カレンは不思議そうに首を傾げた。
「それに、そんなことをするくらいなら、もっと子供らしくしていてもいいんじゃないかしら?」
ノエルは反論したい気持ちを抑え、
静かに答えた。
「殿下は、私が喜ぶと思って贈ってくださったのよ。私はそれが嬉しかったわ」
「そう……。あなたがそう思うなら、
いいのだけれど」
カレンは納得したのかしていないのか、
曖昧な返事をした。
ノエルは、それ以上言い返さなかった。
けれど、内心では不満を感じていた。
(アルヴィン殿下は、そんな方ではないのに……)
最近、レオン殿下については、少々気になる噂も耳にする。
傲慢で、他人に強く当たり、自分の思い通りにならないと不機嫌になる。
人を見下すような言動もあるらしい。
もちろん、すべてが事実だとは限らない。
それでも、ノエルにとっては、アルヴィン殿下を悪く言われることのほうが不愉快だった。
せっかくのお茶会なのだ。
これ以上、雰囲気を悪くする必要はない。
「ところで、皆さん。あの本は読みました?」
話題を変えるように、セリーナが尋ねた。
「ええ、読みましたわ」
クラリスが答える。
「私も読んだわ。続きが気になるところで
終わってしまったわね」
フィオナも少し残念そうに言った。
「本当に。あれでは、犯人が誰なのか
分からないじゃない」
カレンも同意するように頷く。
テーブルの上には、一冊の本が置かれていた。
セリーナが自ら書き、
友人たちに贈った推理小説だ。
物語はまだ完結していない。
犯人の正体も明かされておらず、読者である彼女たちには、推理することしかできなかった。
少なくとも、侍女たちにはそう見えていた。
「あの人物の行動、
少し不自然だと思いませんでした?」
セリーナが本のページを開きながら尋ねる。
「ええ。でも、それだけで犯人だと
決めつけるのは早いと思うわ」
フィオナが答えた。
「私は、やっぱりレオン殿下が
怪しいと思うわ」
カレンが本を眺めながら、小さな声で告げる。
「現状では、最有力候補ですものね」
フィオナも静かに同意した。
もちろん、彼女たちが話しているのは、
本の中の犯人ではない。
転生者の男性についてだ。
5人は、それぞれの事情から転生者の
男性を探していた。
そして、これまで集めた情報を照らし合わせた結果、レオンが第一候補となっていた。
ただし、確証はない。
「確かに、これまでの情報を考えれば、
レオン殿下が一番それらしいわ。
でも、まだ決めつけるのは早いと思うの」
セリーナは慎重な口調で続けた。
「ほかにも、気になる人はいるでしょう?」
「ハワード伯爵家の三男、マルクね。
最近、商売に興味を持ち始めたという
話があったわ」
クラリスが候補の一人を挙げる。
「ブラウン子爵家の長男、エリックもよ。今までとは違って、急に剣術の鍛錬に力を入れるようになったそうね」
「カーター男爵家の次男、ジョンも気になるわ。大人の言うことをそのまま受け入れず、
独特な考え方をするらしいもの」
それぞれが、これまでに集めた情報を口にする。
しかし、どれも決定的な証拠にはならなかった。
「確かに、気になる点はあるわね。でも、
今のところはレオン殿下ほど有力とは言えないんじゃないかしら」
ノエルがそう言うと、ほかの4人も頷いた。
「ええ。だからといって、レオン殿下だと決まったわけではないわ」
セリーナは念を押すように言った。
「ほかの人たちについても、もう少し調べてみましょう。今はまだ、判断するには情報が足りないもの」
「そうね。焦って間違えたら意味がないわ」
5人は、それ以上踏み込んだ結論を
出さなかった。
現状では、レオンが第一候補。
マルク、エリック、ジョンにも気になる点はあるが、レオンを上回るほどの材料はない。
だからこそ、調査を続ける必要があった。
もっとも、彼女たちの会話には、
少々問題もあった。
推理の対象として挙げられているのは、
実在する王族や貴族の名前なのだ。
本来ならば、たとえ子供の冗談であっても、
口にする相手には気をつけなければならない。
とりわけ王族の名前を、事件の犯人候補として話題にするなど、
あまり褒められたことではなかった。
しかし、そこはまだ9歳の令嬢たち。
友人が書いた推理小説に夢中になり、
物語の犯人をあれこれ推理しているだけ。
そう受け取られていた。
もちろん、侍女たちも実在する人物の名前が出ていることには気づいている。
それでも、幼い令嬢たちの他愛ない遊びに、
いちいち目くじらを立てる必要はない。
「ふふっ。皆様、本当に
この本がお好きなのですね」
少し離れた場所で控えていた侍女の一人が、
微笑ましそうに呟いた。
「セリーナ様も、皆様に楽しんでいただけて
嬉しいでしょうね」
別の侍女も、小さく笑って頷く。
彼女たちにとっては、仲の良い令嬢たちが一冊の本を囲み、真剣な顔で推理を楽しんでいるだけなのだ。
多少、話題がきわどくなったところで、子供のお遊びとして黙認されていた。
そして侍女たちは、これからも温かく見守っていくつもりだった。
まさか、その推理が単なる物語の考察ではなく、彼女たち自身にとって重要な目的につながっているとは、知る由もなかった。
「それにしても、続きが気になるわね」
フィオナが本を閉じながら、ため息をついた。
「次のお話は、いつ読めるのかしら?」
「そうね。作者としても、もう少し考える時間が欲しいところだわ」
セリーナは微笑んで答えた。
その言葉に、4人も小さく笑う。
彼女たちが推理している物語も、現実の調査も、まだ結末にはたどり着いていなかった。