第32話 決着の日
 
「では引き続き、もう1件委嘱を行います」とシゲル校長は言った。
「校長直属の諮問機関におけるリーダーとでも申しましょうか。これはですね、実は本校だけに、昨年以前から、秘密裏に存在した職でございます。先生方の中には、そのような職が存在するらしいというウワサを、過去に耳にされた方がいらっしゃるかもしれません。ですが、いよいよ本日からは、正式な制度として運用を開始することなります。主幹、主任とは独立した立場で、学校運営に直接かかわる極めて重要な職となります。え~、まずは、その新たな職に就任していただく方をご紹介します」
 
「由紀様…。」とゴン太が声をかけた。由紀は起立するために椅子を少し後ろに下げてから、ゴン太の方を向いて微笑んだ。校長が続けた。
 
「汐留愛先生、どうぞご起立ください」
 
静かだった会議室の、あちらこちらからヒソヒソ話が聞こえだしたが、それらの話し声の中から、一つだけハッキリ聞き取れる声があった。
 
「ちょっと・・・。ねえ、待ってよ。」
司会が気づいて、声の主の方を見た。
「高浜先生、どうかなさいましたか?質問ですか?」
 
高浜由紀の声は、司会の問いかけを無視して、一方的にボルテージを上げた。
「一体何なのよそれ。ふざけないでよ。汐留愛が女王ってことじゃない。次期女王は私でしょ!」
「あの~、高浜先生、質問でしたら挙手して・・・順番に・・・」
という司会の声も、由紀の耳にはまったく入らないようであった。
「校長先生もハッキリそう言ったわ! 高浜さん、あなたが女王だよって。ねえ、答えてよ!」
 
再び場内がどよめいた。
「今、女王、って聞こえたような・・・」
「高浜さん、夢と現実の区別がつかなくなっちゃったのかな?」
その時、2学年主任の火野が立ち上がった。
火野は「高浜先生、だいぶお疲れのようです。別室で少し休まれ方がよろしいんじゃないですか?」と気遣った。しかし由紀は、その火野を攻撃対象とした。
「何がお疲れよ、白々しい!火野先生、校長に何を言ったの?マイナス査定したんでしょ?解ってるわ。火野先生が学年主任の立場を隠れ蓑にした、私のチェックマンだったことくらい、とっくに知ってたのよ。ねぇ、私のどこがいけないのよ!」
突然名前を出された火野に、一斉に注目が集まり、火野は驚いて答えた。
「いや、その・・・。査定だのチェックマンだのって、いったい何のことやら、さっぱりわからないが・・・」
だが、その場にいた多くの者は、火野が何か特別な事を知っているのではないか、という疑いの眼差しを向けていた。そんな混乱を収めようと、シゲル校長が再び発言に立ちあがり、静粛を求めた。
 
シゲルは、ゆっくりと由紀の方を向くと、
「高浜先生、お察しの通りです。汐留先生を次期女王に任命いたしました。理由も、私からご説明申し上げます」
 
誠は、またしても何が何だかわからなくなった。ちょうど、辞令伝達で初めて上北台高に来た日の状態と似ていた。校長までもが、真面目な顔をして「女王」という言葉を口にし、一方で高浜由紀がヒステリー状態になっている。やっぱり、この学校はどうかしている。
ただ、前回と違うのは、誠だけでなく他のみんなも同じように、今の状況が飲み込めていないという点だった。しかし、そんな事はお構いなしに、由紀はもう殆ど泣きわめいているという状態に近かった。
  
シゲル校長が、落ち着いた口調で説明を続けた。
「少しお時間をいただきますが、上北台高校に伝わる女帝制について、今日は包み隠さず、す皆さんにすべてお話ししましょう」
 (続く)