第28話 保健室への訪問客
 
誠は、LL教室を出たはいいが、行く所を思いつかなかった。
教官室に戻れば、パンチからいろいろ問いただされるだろうし、職員室には白川がいるから、これも気まずい。ましてや接触を禁じられた愛のところへは行けない。LL教室に戻って、由紀のコーヒーをもう1杯いただこうかなとも思ったが、ちょっと図々しいだろう。
「そうだ!」誠はふと思いついて、LL教室の前から1階に続く階段を降りて行った。狭い学校ではあったが、まだ誠は校内に足を踏み入れていない場所が多々あった。特にこの1階の奥の方に来るのは、初めてだった。その時、
 
「あっ!愛さん・・・」
誠は、突然自分の前に現れた愛の姿に驚いた。
「ああ、誠くん、どうしたの?」
「いや、愛さんこそ、どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと用があって来ただけだから」
誠が愛の体調を心配したのは、ここが1階の突き当たりに近い場所で、この先にあるのは保健室だけだったからだ。
 
「でも愛さん、顔色も良くないっスよ」
「本当に私は大丈夫。じゃあ失礼」
 
愛は足早に立ち去った。誠は残り数メートルを進んで、保健室の前に着いた。
「失礼します!」
「あら、マコっちゃん。どうしたの?あ、わかった、二日酔い!大当たりぃ~でしょ?ひゃははは・・・」
ガム子が白衣姿で、いつものようにガムをくちゃくちゃ言わせながら誠を迎えた。
「いや、オレ実はまったく飲めないんスよ。だから二日酔いは無いっス。それより今、愛さんが来てましたよね?愛さん大丈夫なんですか?なんか、顔色も悪かったみたいだし・・・」
「気のせいじゃないの?愛ちゃん、コーヒー飲んで喋ってっただけよ。アンタもどう?」
「いや。お構いなく」
「アンタ、アルコールもコーヒーもダメなの?なら牛乳あげるわよ」
「いや、そうじゃなくて・・・。コーヒー好きなんスけど、たった今、よそで飲んで来たばっかりなんで。」
「あ~ら残念。そんで、マコっちゃんはどこが痛いのよ?」
「いや、別に痛いとこ無いっす。熱もありません」
「ふ~ん?じゃあ、あれか。恋の悩み!大当たりぃ~でしょ?ひゃははは」
「アハハ、行くとこなかったんで、来てみただけッス」
「ちょっと、それどういう意味よ!アンタ、ほんと歩く失礼よね。まあ、ここはそういう行き場を失ったヤツらが集まる場所には違いないけどさ・・・。いいよ、いつでも来な。」
「ありがとうございます。ところで、愛さんも悩んでここに来たんですか?」
「喋りに来ただけさ。もうアタイと愛ちゃんはマブダチよ~ん」
「なんか、ガム子さんと愛さんが話してるの想像できないッス。だって、タイプが両極端じゃないっすか」
「ああそうかよ!どうせ愛ちゃんはお嬢様で、あたいは元ヤンだよ!悪かったわね!」
「いや、そ、そういう意味じゃ無いっす。うわ~ごめんなさい。ホントすいません!」
「もうアッタマ来た。罰として手伝え!そこにある検尿容器ぜ~んぶ、クラス毎に分けときな!」
「ハイ!わかりました。」
 
誠が検尿容器の山と格闘する間、ガム子は2杯目のコーヒーを楽しんでいた。
「え~っと、3年1組は35人で・・・っと、そうだ、ガム子さん。愛さんはオレのこと何か言ってませんでしたか?」
「何かって、例えば?」
「そのう、オレのことを恨んでるとか・・・。ガム子さんもご存じですよね。愛さんの立場が悪くなったの、オレのせいみたいになっちゃってるの・・・」
「別に何も言ってなかったわよ。アンタさぁ、愛ちゃんを見くびってんじゃないの?あの人は、アンタが思ってるよりずっと強いんだからね。マコっちゃんには悪いけど、たぶんアンタのことは眼中に無いよ。」
「ええ~っ!ホッとしたけど、ちょっと悲しいッス」
 
結局、誠は、分けた検尿容器を各担任に配達するところまでを引き受けた。
「マコっちゃん、今日は助かったわぁ~!また来てね~!」
検尿容器がパンパンに詰まった大きなビニール袋を背負う誠の後ろ姿は、まるでサンタクロースのようだった。
 
その誠が帰ってから5分も経たないうちに、再び保健室のドアにノックの音が響いた。
「あいよ~!誰~?」
ドアが開き、ヨレヨレ白衣姿の教員が現れた。
「座尾です・・・。今、よろしいですか?」
「ええ、どうぞお入り。」
保健室に教員が、こんなに立て続けに訪問してくる日は滅多にあるものではない。これは、大嵐の前兆に違いなかった。
「いよいよね・・・」 ガム子がつぶやいた。
(続く)