第22話 孤立した女王

「この上北台高校を、どんだけ引っかき回せば気が済むんだ?今後は少しおとなしくしてくれ」
この白川の言葉に反論できぬまま、愛は職員室から出て行かざるをえなかった。
誠やパンチも、どこかへ行ったきりだから、白川だけがその場に残されていた。
白川は、愛に対して少し言いすぎたかな、と反省した。
しかし、今あらためて体育館での様子を思い出すと、
あのくらい言ってやらないと、腹の虫が収まらなかったのも確かだ。

あの対面式の真っ最中に、突然、木内と佐渡屋の2人が駆け寄ってきた。
木内は「おい、生徒会担当は誰だ!何だよこれは?
なあ、白川さん、こんな事は聞いてないよ。すぐに止めさせてくれ!」
とまくし立てた。
白川は、木内が何を怒っているのかさえよく分からず、「どうしたんですか?」と尋ねた。
佐渡屋も、木内に同調して、白川を責めた。
「今のステージ上の発言、聞いたろう?
生徒が多数決でつけた名前を採用するって約束しちまったんだぞ。
そんな話は、企画でも職会でも出ていない。」
そこに柏田も駆けつけてきたので、白川は安堵した。
「ああ、柏田さん、いい所に来てくれた・・・。
今、生徒会が説明した愛称公募の話は、
愛称委員会からの指示を受けてやっている事だと、
こちらの先生方に説明していただけませんか。お願いします。」
しかし、柏田の答は、白川の期待とは大きく違った。

「私は、こんな風にやれとは言っていないよ。」
「えっ!?」
「生徒にも協力を呼びかけて、とは言ったが、
生徒の意見を無条件に受け容れるなんて言った覚えは無い」
柏田はそう言うと、少し離れたところにいた副校長の佐川を呼び寄せた。
木内と佐渡屋が、俄然、元気づいた。
「こりゃマズいですよ、副校長。今すぐ指示を出してください。副校長判断で中止!」
佐川はオロオロしていたが、結局、白川以外の3名の圧力に押し切られる形で、
「解りました。とりあえず、いったん中断をお願いします」と命じた。
白川は、やむを得ずステージ上の誠を呼び、他のネタでつなげという、無茶な指示をした。

白川は納得が行かなかった。
生徒の目につかない所に移動して、話し合いは続いた。
「柏田さん、それに、佐渡屋さんだって、たしか愛称委員会のメンバーでしたよね。
私は確かに聞きました。生徒会を使って、生徒による愛称公募キャンペーンをやってくれって。
だから生徒たちも一生懸命考えてやってきたんじゃないですか!」
「生徒の柔軟な発想を利用するということと、何でもアリの無秩序なやり方とは、
根本的に違うんだよ。なあ佐渡屋さん」
「柏田先生のおっしゃる通り。これは委員会から出た指示とは違う。
生徒会担当の若造が、さしずめ生徒のウケを狙って、勝手にやったんだろう」
白川は、直属の部下にあたる誠の事を悪く言われ、カチンときた。
「そういう根拠の無い発言は控えていただけますか!」
すると、柏田が応じた。
「あの誠って若造、たしか愛称委員会に入ろうとして、門前払いを食ったんだ。
その腹いせに、愛称問題を引っかき回して、委員会を困らせてやろうって事じゃないのか?
それともアレか、女王様の目にとまるための、派手なパフォーマンスってやつか?」

その時である。
「うぉい!ゴルァ」という、周囲の空間を震わせるような怒声が轟いた。
議論を近くで聞いていたパンチが、一喝したのだった。
「黙って聞いてりゃ、どいつもこいつも・・・。
やってることと言やぁ、責任のなすり合いだけか!ああん?
おめぇらがん首揃えて、肝腎の生徒をいつまで放っぽらかしとくんだよ!」
白川は、ハッと我に返ったように、
「そうだ。パンチの言うとおりだ。まずは対面式を何とかしましょう」と言った。
パンチは続けた。
「郷!とにかく再開だ。誠のコーナーは後回しで、部活紹介を先にやろうぜ。」
「よし、それで行こう。皆さん、それでいいですね」

体育館は、白川のアナウンスで10分間の休憩に入り、その後の部活紹介は淡々と進行した。
裏に戻ってきた白川に、柏田が落ち着いた口調で言った。
「白川さん、さっきは生活指導部のせいにするような事を言って、悪かった。
ふと思ったんだが、もしかすると、生徒会担当の台場先生は、
女王の口車に乗せられたんじゃないか?」
「えっ、女王?」
「実はね、委員会の中で、生徒による公募を強く主張していたのは女王なんだよ。
あの女はね、人に相談するとか、協力を頼むとか、そういう事は絶対しないんだ。
全部一人でやれると思い込んでる。まだほんの何日かだが、
私は同じ総務にいるから、よくわかるんだ」

それを聞いて、佐渡屋が納得し始めた。
「柏田さん、私もそんな気がしていた。
女王は手柄を独り占めするために、委員会には何の相談もしないで、
秘密裏に事を進めたんだと思うよ。
生徒会担当にあれこれ吹き込んで、対面式を足掛かりに、上北を牛耳ろうって魂胆に違いない」
徐々に、攻撃の矛先が女王に向かい、白川は応戦の必要が無くなった。
木内も同調し、柏田、佐渡屋と共に、女王攻撃の輪ができあがっていった。
「何てヤツだ。女王ってのは飛んでもない女だな。」
「まったくだ。早く気づいて良かったですね。女王を委員会から外しておきましょう。
とにかく、女王を上北の中枢部に近づけないことですよ。いやあ、危ないところだった。」
対面式は終了の時刻を迎え、柏田は鬼の首を取ったような喜びを抱えながら職員室へと急いだ。

白川は誠を呼んで言った。
「誠、お疲れさん。今日はいろいろあったが、最終的にはオレの責任だ。
ただ、今後のために言っとくが、お前は生活指導部の一員だ。
外野の雑音に振り回されちゃいかん。しばらくの間、女王とは関わるな。いいか?」
「・・・はい。すみませんでした」
誠は、白川に迷惑をかけてしまった責任を感じて、うなだれるしかなかった。

終始黙っていたパンチが、「何かおかしいぜ…」と呟いた。
(続く)