第21話 何かが起こった

職員室では、さっきまでの静けさがウソのように、にわかに騒がしくなった。
結局、愛が職員室での事務作業から抜け出せないうちに、
対面式と部活紹介が終了したのだった。
ほとんどの教員が戻ってきたが、各学年の担任は、配布物だけ取ると、
もう一度教室に向かい、副担任だけが休憩モードに入ろうとしていた。
しかし、いつも笑いの絶えない生活指導部が疲れ切って、
一様に黙り込んでいるのが、愛は気になった。

そして、総務の席には柏田が戻って来た。
「いや~、汐留さん、大変な仕事を一人でやってもらっちゃって、申し訳なかったねえ」
作ったような笑顔で、愛に対する話し方も、いつもとまるで違った。
「やれる時にやっておこうと思います。溜め込んじゃうと後が大変なので・・・」
「ははは、とっても心強いよ。ありがとう。
あなたなら、すぐに総務の全ての仕事を理解してくれるはずだ。
愛称委員会の事も、考えなくてよくなったことだし、
しっかりと総務の勉強をしてくださいね。期待してますよ」
「え?あの・・・どういう意味ですか?」
「意味って?」
「愛称を考えなくていいって、どういうことでしょうか?」

「ああ、ごめんごめん、先にそれを言わなくちゃいけなかったな。
はっはっは、あなたには、委員会のメンバーから外れて貰うことになった。
もちろん後任については、私たちが決めるから、
あなたは、な~んにも考えなくていいんだよ。
あなたにとっても、総務の方に専念できるわけだから、
いやあ、良かったねえ。おめでとうと言うべきかな…」

「待って下さい。柏田さんにそんなことを決める権限があるんですか?」

「私が決めたわけじゃない。アンタ、周りが見えてないねえ。
この期に及んでまだ女王を気取るつもりかい?
私は今、アンタに救いの手を差し伸べているんだよ。
総務で一人前になってくれたら、その時には、
私の右腕として大切してやろうって言ってるんだ。
今アンタが上北で生きていく道は、それしか無いんだからさ」

「そんな・・・。柏田さん、何を言ってるんですか?」

「おおっと、いけない。打ち合わせの時間だ。」
柏田は一方的に話を中断して、そそくさと出て行ってしまった。

愛は、柏田の話の内容の真偽について、確かめなくては、と思った。
生活指導部の一画に向かうと、誠の姿を見つけたので、すぐさま声をかけた。
「誠くん、ちょっと話があるんだけど」
誠はビクっとして、愛の方を振り向くと、
「すいません、今ちょっと忙しくて…」
と言いながら、逃げるように席を立って、出て行ってしまった。
愛は「やっぱり」と思った。
自分だけが知らない何かが、勝手に進行している。
一体何があったのだろう?

生活指導主任の白川が、その場に残っていて、黙って愛の方を見ていた。
愛が何かを言おうとしたとたん、白川の方が先に一言つぶやいた。
「女王様、見損なったよ。」
「えっ?」

白川は明らかに不満そうな表情のまま続けた。

「この上北台を、どんだけ引っかき回せば気が済むんだ?
対面式は滅茶苦茶だ。尻拭いするこっちの身にもなってくれないか。
着任して10日目のアナタが、オレ達が何年もかけて作ったこの学校を、ぶち壊す権利はない。
今後は少し、おとなしくして貰えないか」

「待ってください、一体、何があったんですか!?」

「とぼけなくてもいいだろう?君が誠にいろいろ吹き込んで、生徒会を操ってた事はわかってるよ」
「何のことですか?私、知りません」

「おいおい、愛称委員会の柏田さん、佐渡屋さんがそう言ってるんだよ。
誠自身も、これは愛さんのアイデアだってハッキリ言ってたさ。
いいか、生徒指導ってのはチームプレイだ。
誰かが先走ったマネをして、こういう収拾のつかないことになっちまうと、
修復に何倍もエネルギーを使わされるんだ。」

愛は一回頭を下げると、その場を離れた。
これ以上、白川に何か言っても、埒が明かないのは明らかだった。
自分の知らないところで、何かが動き出している・・・それは間違いない。
まずは、その実態をつかむことが先決だと思った。

「そうだ、岩島津さんだわ。岩島津さんなら、真相を教えてくれるかもしれない。」
愛は、岩島津を探すことにした。
だが、なぜだか校内のどこにも見当たらなかった。

そのほんの数分前のこと、誠が職員室を出たところに、パンチが立っていた。
「オイ、誠、ついてこい!今から、あのウラナリ野郎んとこに行く。」
「うらなりって、岩島津先生のことですか?」
「そうよ。あいつに確かめてぇことがある。」
パンチと誠は、岩島津のいる数学科準備室に入った。

「おや、誠くん、それにパンチさん、お揃いでどうなさったのかな?」
「ちょいとばかし、聞きてえ事がある。」
岩島津はちらりと他の教員たちの方を見てから、
「ここじゃまずい用件でしたら、そのドアの外で承りますが・・・」
と言って、非常口の方向を指した。
「おう!そうしてくれ」
「では、こちらへどうぞ」
3人は、非常階段の方に出て行った。
(続く)