勤めている小学校も、明日で終わり。あさってから夏休みです。

子供達の目の輝きったら・・・

そして、授業に集中できない感じがたまりません・・・。


そりゃあ、目前に子供たちが一年のうちで最も楽しみにしている時期が待っているわけですからね。

そわそわもします。


そういえば、だいたい今はどの学校でもそうですが、現在私の勤めている小学校では、水泳授業というものをおこなっています。


私が小学生の頃、まだその時は北海道の小学校でしたが(実家が北海道)、カナヅチの私としては、プールが大嫌いでした。それこそ、人生のうちで最も嫌いなものがプールだったわけです。


泳げない人にとって、あのプールの時間は拷問以外のなにものでもありませんでした。


不思議だったのは、みんなスタートラインが同じはずなのに、周りの友達はみんなスイスイ泳げることです。これは、本当に不思議でした。

そして、みんな簡単に泳ぐことができるのに、私は泳げない。私はなんて能力がないんだろう。


そう考えていましたね。




そう。プールの時間は劣等感に苛まれる時間だったのです。


これは協力なネガティブ感情ですね。


泳ぎ方がわからない。水が怖くてしかたがない。なんでみんなは簡単にできちゃうの? どうして?





あとで気づいたんですが、そもそもスタートラインが一緒、という前提が間違いでした。


スタートラインはバラバラでした。


スイスイ泳げる子は、スイミングに通っていたり、親がプールに連れていってそこで練習したりしていたのです。


学校は、まっさらな状態から、一から学ぶところじゃないんだ。



そう気づいたのです。



小学校からですよ?


小学校から、クラスメイトはくもんやら塾やらに通います。また、習い事をします。

そして、特殊な技術や学校で習うはずの知識を、前もって吸収した状態で学校に来るのです。



とてつもなく不平等なんですね。



そして、いきなりなんでも出来る子と、何から何まで初めての子との差が、小学一年生から出現するのです。つまり、格差社会のスタート地点なわけです。


こう書くと、「じゃあおまえもスイミングやればよかったじゃん」と批判を受けそうですね。それに、スタートラインが違うなら、同じになるように親が取り組めばいいのに。その努力を怠ったんだから、差ができて当たり前じゃない、と。


そう言われるかもしれませんね。




私も思ったんですよ。スイミングに通えば、みんなと同じように泳げるようになるかも、と。




ですが、通わなかったです。





それはどうしてか?




すでに、苦手だったからです。




苦手なものを、好き好んで習いたい、という人はいません。

プールに入るのは、死ぬほど嫌だったんです。

そんなプールに通う、なんて選択肢ははじめからなかったですね。


つまり、



習ってないし、練習してない→初めてプールを体験する→周りよりできない≒プールが苦手→プールが嫌だ


こういう風に思考がスライドしていったわけです。



私は知っています。

プールは恐怖心があることで、苦手意識ができてしまいます。


泳げない子供の特徴は、水が怖いことです。

水を顔につけることを極端に嫌がります。

また、潜ることができません。

プールの中で息を吐いたり、目を開けたりできません。


無理にトライして、水を大量に飲み込んだ経験があったり、溺れそうになったりする経験をするため、必然的に水が怖くなるんですね。

だから、泳げない子供にまず必要なのは、水の中が楽しいって思えることです。

楽しくないと、怖いだけ、窮屈で苦しいだけのプールは嫌なものでしかないですよね。



私は教師として、どうしたら子供の水嫌いが克服できるか、考えています。


まずはマインドセットをしっかりもつこと。

水は楽しいもので、怖くないもの。水の中で体を動かすのは楽しいこと。こういうことを思えたら、次のステップです。



あなたのお子さんを、水嫌いにしたくないですか?

それなら、ぜひ親として、一緒にプールに入って遊んでください。

そして、もし可能なら、是非小さい頃からスイミングに通わせてもらえるといいのかなって思います。


物心ついた時から、水に入ることを怖がらない、普通のこととして受け入れることのできる子に育ててほしいと思います。そうすると、小学校時代の挫折経験が一つ、なくなるんじゃないかなって思うんです。